【前回の記事を読む】デパートの窓に張りつくように私を見ていた男。電車で逃げたのに、なぜか最寄り駅までついてきて……

耳を貸す ほのか三十四歳 3

智樹はさほどほのかの買い物にはうるさくはない。新しい服を着ていると「あれっ、そんなデザインもありか。よく似合うね」の会話で終わる。でも夫の会社ではない人気ブランドの紙袋は見せなくてもいいし、いくら使ったかは伏せておきたい。

慌ててパジャマに着替えて部屋を出ると、背広を脱ぎながら智樹が一枚のレシートを顔の前に差し出した。

「今日、駅ビルのカフェ、行ったの?」

「ううん」

手に広げると生クリームたっぷりの甘そうなドリンク名が書いてあった。ちなみに今日のほのかは、デパートでこの3倍の値段のティータイムをしていた。

「お母さんが落としたのかな」

「あっ、今日もお母さんさんデーだったね」

智樹はいいながら、リビングの端のベビーベッドに駆け寄り、

「ただいま~、帰ってきまちたよ」

と、せっかく寝ているはるきを抱き上げようとするので、

「おあずけ!」と言ってしまった。

そのままレシートを捨てようとして、ふと、始終体重を気にしている母にしてはハイカロリーな注文だなと思い、何気に見直すと日付は今日だが時間が15時10分。おやその時間は、母はこの家ではるきとお留守番のはず……とますます怪訝に思い、何気に裏を返して手が固まった。

『8月17日 19時に
この店でお話があります』

几帳面な角ばった字だった。

う、うわっ。もうあの男しか思い浮かばない。買い物帰りに声をかけてきた男。変に顔が整っていた。30代後半くらいか。や、40前半か。あの顔が書きそうな字ではないか。いつの間に私のトートバッグに忍ばせたのか。腕が触れ合ったような気がして思わず腕をさすった。

レシートをくしゃくしゃに握りつぶし、思い直して広げて細かく裂き、キッチンのダストボックスに捨てた。