【前回記事を読む】小5の夏祭り、泣きじゃくる女の子を見つけた。手を繋いで交番に連れていくと、迎えに来たその両親は冷ややかな態度で…
一万円で君と会いたい
転 断罪
「……もう、会えなくなってしまうね」
冬に控えた東都女学院の推薦入試。そこで合格が決まれば、家庭教師の契約は終了する――。先ほど母親から告げられた決定事項を伝えると、波瑠は隠しようのないほど悲しげに顔を伏せた。
初めて会った時は眉ひとつ動かさなかった彼女が、こんな顔をするまで変わってくれた。その喜びと同時に、指で数えられるほどしか残っていない『最後の日』への寂しさが僕の胸を締め付けた。
「私……推薦入試、落ちます。一般で受かれば問題ないですし」
僕の気持ちを察したのかのように、彼女は突飛なことを言い出した。
「それはダメだ。推薦してくれた学校の先生にも失礼だよ」
「でも、そうすれば、まだ会えるし……」
「気持ちは嬉しい。でも、波瑠の将来の方が大切なんだ。……合格してほしい」
「なんで?」
真っ直ぐな問いに、僕は言葉を失った。静まり返った部屋に、時計の秒針の音だけが空虚に響く。
なぜ。今の僕がそれを口にすれば、僕自身の『学ぶ意義』まで揺らいでしまう気がした。
「……合格したら、お祝いをしよう。食べたいもの、食べさせてあげるから」
沈黙に耐えきれず、僕は逃げるように約束を提示した。波瑠さんは、僕の心の迷いをすべて見透かしたような、静かな眼差しで答えた。
「……約束ですよ。合格したら、絶対に食べさせてくださいね」
帰り道、僕は自分の名前の由来を反芻していた。