日中、これといった仕事がなかった。この大使夫妻には外交団家族との交流も少ないようで、現地ジンバブエ人は勿論のこと在留日本人との往来も少なかった。

夜間、外出することの無い降米大使夫妻は、夕食を簡単に済ませて、夜七時になると公邸一階の奥の部屋で麻雀を始めた。

メンバーはいつも同じ顔ぶれだった。お気に入りの大使館の会計官と商社の現地代表二名で、大使夫人は待機していて時々メンバーを替える時に加わった。

ゲームは通常深夜十二時を過ぎても終わらなかった。たばこの煙が渦巻く中を、四人の傍らに置いてあるブランデーグラスが空になるのを見届けて、継ぎ足して回るのがミカの仕事だった。

部屋に充満した煙の中で、黙々とブランデーのサービスをし続ける。夫人は、眠たげに側で所在なく、終わりを知らぬ終わりを待っていた。

夫人の押し殺したようなあくびは、時間を追う毎に頻繁になってミカの眠気をも誘い、ミカは人生のむなしさを募らせる。

こうして僕も歳をとっていくのか……。やがて客が帰り、後片付けをしていると、しらじらと空が白んでくる。後始末が全て終わって家路につくのは早くても午前二時か三時。

あるいは四時になることもあった。

普通、使用人はその家の一隅に建てられたサーバント・クオーターに泊まるようになっているが、ミカはサーバント・クオーターで寝泊まりするのは避けていた。

ムバレ地区のタウンシップにある家に帰ってホッとしたかったのが第一の理由なのだが、もう一つの理由は、大使公邸にあるサーバント・クオーターは、寝泊まりする場所とは言えないしろものだったからだ。

毎日、ハラレの白人の豪邸や外交団の公邸が立つ閑静な住宅地から黒人居住区のムバレまでバスを乗り継いで通っていたが、朝一番の乗り合いバス「トロトロ」にはまだ早すぎる。

だから家路まで全行程を歩かなければならなかった。と言っても誰もが歩くことを少しも厭わない。

都市部を外れると交通機関はなく、今でも歩くことだけが移動の手段なのだから、十キロであれ二十キロであれ、殆ど無我の境地で歩く。ミカは、歩きながら「この仕事を辞めたい」と思うようになっていた。

前の大使の時代に公邸は「カラオケの館」と呼ばれていた。それは親しみを込めた、陽気な呼び名のようにミカの耳には響いていた。

そして次の大使時代にこの館は「麻雀荘」と呼ばれていた。自分自身までもが惨めに思われた。昼も夜も麻雀のメンバー以外に訪ねる人も少なく、公邸がそう呼ばれる理由は充分だった。浮かない気持ちで毎日がいたずらに過ぎていき、冬が来た頃、突然大使交代の知らせが入った。

すでに二年の年月が流れていた。降米大使夫妻は、衣類を詰めた十六個の書籍用小型ダンボール箱と、大きな麻雀台を一台搬出した。

それが二人の引っ越し道具の総てだった。これといった挨拶もなく去る姿をミカたちスタッフは空虚な気持ちで見送った。

二組の大使夫妻を送り出した後、外交官の家族の生活は明るい陽光に当てられて、毎日楽しく陽気に過ぎていく例もあれば、密かに息を殺すようにして過ぎていく例もあるのだということを知らされた。

日本の大使とは一体どんな仕事をしているのだろう。二人の大使の顔を瞼に浮かべながら漠然と思っていた。

 

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