【前回の記事を読む】2歳の誕生日も迎えられず──ヨロヨロと外に出たがる弱った愛猫。最期を悟り、開けてやった。気になって後を追うと…
ペットたちとわたしの物語
出会いと別れ
チロはよろよろと歩き、我が家の私道に止めてあった我が家の車の下で横たわった。そして落ち着いたようだった。わたしは一応彼の所在を確かめた後、様子を見ながら、しばらくはそのままにしていたが、再びチロを抱いて来て、家の「段ボールの中」に置いた。チロはそれから二日程生死を行き来し、そして逝った。
チロは火葬し、骨壺ごと我が家に持ち帰り、庭に穴を掘ってそこに骨のみ埋葬した。骨壺はゴミに出すと他者に迷惑と思い、再び火葬場に持って行き、引き取っていただいた。
チロの死んだ日はわたしたち夫婦の結婚記念日で、わたしは友人たちとのイタリア旅行を控えていた。そのイタリア旅行中、わたしはもしかしてというような危険な状況に少なくとも二回あった。多分チロがすぐ側でしっかり支えてくれたから無事、家にまで帰れたのかしらと思うような体験をした。
それは先ず、イタリア入国時において新調したばかりのスーツケースが全壊したことだった。それから帰国時、ローマ空港で、方向音痴で海外旅行初心者のわたしが仲間とはぐれてしまったことだ。
日本帰路へのゲートまでたった一人で、乏しい英語とジェスチャーだけで辿らなければならない事態に置かれたことだ。はぐれた場所からは移動手段のカートに頼らなければ着けないような状況下だった。それにわたしときたら、他人さま頼みで、地図ルートとかも全く確認出来ていなかった。
それこそ西も東も全くわからなかったのだ。
多分運がいいという結果になった。わたしは「チロの運」だと思った。
わたしはチロとの思い出を通して初めて、ペットへの愛情を持てたと思う。彼のもたらしたものの大きさはチロの代わりを求める心とチロの代わりを拒否する心とをわたしに置いた。多分わたしはずっと後者の思いでいた。ユウに出会うまでは。