【前回の記事を読む】グループの誰かが、猫のしっぽを紐で縛って天井から吊し…猫は、長いしっぽを失ってしまった。記憶はそこで途切れて…
ペットたちとわたしの物語
記憶二
わたしは毎日の餌やりと鳥かごの掃除はしていたが、このインコに微塵も愛情みたいなものを感じたことはなかった(相性があるのだろうか)。それで、どのくらいの間世話をしたのかも全く忘れてしまっている。
インコが我が家にいた時、どこからか迷いインコが我が家に訪れた。わたしたちはとりあえず、ポッチの鳥かごに入れた。しかし迷いインコは事もあろうに、もともとの主であるポッチをいじめているように我々には見えた。その結果、新入者をそれ程の日数をポッチの鳥カゴにいさせなかったように思う。迷いインコはもと来た空に放した。
後でインコたちも時間をかけて仲良しになるという情報を知った。迷いインコに本来の飼い主が現れず、ずっと放浪インコだった場合ということが前提だが、もう少しゆっくりとインコたちを見守ってあげていたら、彼らはやがて仲良しになったかもしれない。時間をかける必要があったらしい。わたしたちはせっかち過ぎたと後で反省した。
後に猫を飼った時、我が家の猫目当てか、野良猫など、いろいろな猫がよく我が家の庭を通り道のようにしていた時期があった。そしてそれは、我が家の猫の死後は全くなくなった。
わたしは、インコがインコを呼び寄せた経験、そして猫を飼った時に起きたことを通して、インコの時はインコが、猫の時は猫が、多分同類同士間で「呼ぶ」ということがあるのかもと思った。
何しろ、うさぎたちもインコも、わたしとはこんな可哀想な絆であったが、後年、息子に彼らについて聞いたところ、息子はわたしよりはるかに彼らのことをよく覚えていた。心に留めていたらしく、彼らのことをよく知っていたなあと、わたしは凄くうれしかった。
わたしの中では、息子と彼らの関わりは「うさぎもインコも、世話もしたことない息子」というものだったので、わたしは自分の子供の頃の無関心さとダブって判断し、息子の「トヨタとポッチ」へのあたたかい眼差しが凄く意外であった。
そして、息子の「話」は、わたしの意図したことがそれなりに成功したみたいな、期待してなかった「おつり」みたいな思いを、わたしにくれたのだった。