【前回記事を読む】末期がんで余命3ヶ月…隣室の男の子は、手術しなければ助からない心臓病だった。親が費用を払えないと知って、相続で揉める家族が頭をよぎり…

ふたつの扉

沙耶は子供たちの視線が自分に集まったことを確認し、「そろそろいいかしら」と前置きして話し始めた。

「私の体は悪性腫瘍に侵されています。余命は三ヶ月です」

沙耶の言葉に、和室の客間は水を打ったように静まり返った。中庭の池では、何かの合図のように鹿威(ししおど)しの音が響いた。

「え、悪性腫瘍って何?」静寂を打ち破り、浩が素っ頓狂な声を上げた。

「悪性腫瘍、つまりがんよ。母さん、どこが悪いの?」晶が沙耶に尋ねた。

「胃よ。ずっと慢性胃炎だったから、ついにきたって感じね」

「余命三ヶ月って、もうどうにもならないの?」

「何かしら治療方法はあるんでしょう?」

英津子と美馬の質問が矢継ぎ早に飛んでくる。

「残念ながら、体のあちこちに腫瘍が転移しているから、打つ手は何もないの。あとはお迎えが来るのを待つだけね」

沙耶はさばけた口調で言い、大きく息を吸い込んだ。

「それで、元気なうちにやるべきことをやっておこうと思ってね。今井さん、ここからはお願いします」

沙耶に促された今井は、ビジネスバッグから書類を取り出し、テーブルに載せた。

「ご紹介にあずかりました弁護士の今井です。今回は、沙耶様の遺産相続についてお話をさせていただきます」

今井はそう言って一礼し、人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げた。

「沙耶様からすでに遺言書をお預かりしておりますので、その内容を要約してお伝えいたします。沙耶様は、ご自身の財産を分割せず、おひとりに全額を贈与されることを望んでおられます」

「どういうこと? ひとりって誰なの?」苛立ちを隠せない晶が今井に凄む。

「現時点ではまだ決まっておりません。沙耶様がお亡くなりになるまで、もっとも親身になって尽くした方に相続権が付与されます」今井が淡々と説明する。

「冗談じゃないわ。人の心をどうやって推し量るっていうの?」

「そうよ。あまりにも馬鹿げているわ」

英津子と美馬が抗議の声を上げたが、沙耶が「静かにおし」と一喝すると、すぐに場は静まった。

「どうして遺産を相続するのがひとりだけなのかについては説明しません。胸に手を当てて考えてちょうだい」

沙耶が子供たちを突き放し、「今井さん、話を続けて」と、促した。

「加えて、みなさんを評価するポイントや評価の方法におきましても、事前の説明は一切いたしません。私からは以上です」

「この話、俺は降りる。先に失礼するぞ」