そう言って立ち上がったのは、それまで一言も話さなかった長男の健介だった。健介は十八歳で家を出ており、以後、まともに会話を交わした記憶はない。
「兄さん、それでいいの?」
晶が問いかけると、健介は振り向かずに「ああ」と言って部屋を出て行った。沙耶はその後姿を黙って見つめた。
「い、今井さん、もうちょっと詳しく話を教えてくださいよ。俺たちを評価するってことは、尾行して行動を監視するんですか?」
「ちょっと、あんた忙しいんじゃなかったの?」
「そうよ。さっさと帰りなよ」
英津子と美馬がツッコミを入れると、浩は「いやいや、それどころじゃないよ!」と、興奮した面持ちで答えた。
「残念ながら、浩さんの質問に対してお答えできることはありません」今井が言った。
「私も聞いていいかしら? 私たちを評価するのは、母さん? それとも、今井さん?」晶が聞いた。
「沙耶様です。先ほどお話ししたとおり、すでに遺言書はお預かりしていますが、名前の部分のみが空欄となっています。評価が出そろい次第、沙耶様が名前をしたためます」
「健介兄さんは相続者の候補に含まれるの?」晶が質問を重ねる。
「健介さんは先ほど『降りる』とおっしゃっていましたが、ご本人の意思にかかわらず、沙耶様のご子息およびご息女である五名全員が評価対象者となります。ただし、遺産を相続するかどうかまでのご判断は強制できるものではありませんので、もし健介さんが相続権を放棄した場合、全額を慈善団体に寄付いたします」
「寄付? 冗談じゃないよ!」浩が声を張り上げたが、今井は眉ひとつ動かさない。
「浩、いい加減にしなさい」晶に一喝された浩は、蛇に睨まれた蛙のように口をつぐんだ。
「ほかに質問はございますか」今井の問いに答える者は誰もいなかった。
「さあ、今日はこのへんでお開きにしましょう。私もそろそろ横にならせてもらうわ。わざわざ来てもらって悪かったわね」
沙耶がそう言うと、子供たちは立ち上がり、三々五々玄関へ向かった。去り際、晶が近寄ってきて「母さん、気をたしかに持ってね」と言い、両手で沙耶の右手をやさしく包んだ。晶の手のぬくもりは、沙耶の心まで温めてくれるようだった。
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