【前回の記事を読む】高級マンションを探す70代の女性は、走行40万キロの車を見て「ここでは時間かかるのね」とぽつり…どういうことかと聞き返すと…

オランダの壺

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「それで、新車は? 不動産、稼げるでしょう」

世間は去年三月の東日本大震災で住宅不足と思っている。実際、マンション販売で儲けている仲間もいる。だけど、自分は販売ではなく賃貸だ。

「そんなに稼げないですよ。でも、仮にお金があっても、私はこの車がいいんです。古いものが好きで。クラシック音楽とか俳句とか。車もそうなんです」

「あら、私も昔のものが好きよ。ちなみに、これ、いつの車?」

「一九九四年です」

「あらそう。私は一九三八年製なの」

赤道は愉快そうに言った。ということは……七十四だ。

「あなたはおいくつ?」

「三十六です」

「ご結婚は」

「昔、していました」

この歳になると、ときどき聞かれる。麻田は離婚自体に悔いはない。というより、それを悔いる余裕もなかった。すべてを変えてしまったあの日。麻田の「誤算」から一生の悔恨と懊悩がはじまったのだ。

「私も昔はしてたわ。突然終わったけどね」

「突然ですか」

「ええ。旦那は旅立って。そのせいで私も長い旅」

なんとなく、軽い気持ちで聞いてはいけない感じがした。

麻田はまたミラーを覗いた。赤道は外を眺めていた。何かを深く考えているような、何も考えていないような、不思議に澄んだ目だ。