麻田がオフィスへ戻ると、小柄な直美さんが北朝鮮のパレードみたいに切れのある動きで掃除機をかけていた。直美さんは麻田が独立してしばらく経った頃からいる。もう五年前だ。直美さんは事務員の募集で面接に来た。
「あたしが来たんだから、社長さん、もうほかは面接しなくて、よくってよ。私からほかの方へお断りのご連絡、差し上げましょうか。あなたはお茶でも飲んでいなさい」
最初から麻田は面食らうばかりだった。麻田より一回り年上で、以前は大企業の部長秘書をしていた。その部長がポックリ逝って直美さんも会社を辞めた。
「あたしはね、ヒマなのが一番つらいの。かといって、大企業はもういいわ。あなたね、部の人間の餞別に三千円使うだけで、いくつ印鑑もらうと思うの? 十二個よ、十二個」
直美さんは質問の形でしゃべっても、すぐに答えまでしゃべり切る。「十二個」と言うとき、両手をパーにして麻田に突き出し、そのあと右手でチョキを作って出した。十足す二なのだろう。
「あーら、社長。お戻りだったの」廊下の端でUターンした直美さんが大きな声で、
「なんでお黙りだったのかしら」
「す、すいません……」
機敏な直美さんを見ていると、でかい自分が水牛のようにのろく思えてくる。
「社長、あと、お任せしてよいかしら? あたし、十五分でランチに行ってきますから」
「はい。もちろんです」
直美さんはニッと笑い、麻田の前で手刀を切ってオフィスのガラスドアを出た。麻田はホッとし、スクラムを組んでいたときの癖で太ももをパンパン叩いて自分の席に座ると、ドアが開き、直美さんがひょっこり顔を覗かせた。
「忘れてた。ほら、あの、ソフィア・ローレン、あとでお見えになるそうよ」
「ソフィア……?」
麻田が反芻していると、もう直美さんの姿はない。
麻田がパソコンに「ソフィア・ローレン」と打ち込むと写真が出てきた。イタリアの女優で、往年の世界的大スターとある。写真を拡大し、麻田は頷いた。大きな目と口、古風な美人。赤道だ。
次回更新は9月8日(火)、11時の予定です。
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