【前回記事を読む】一緒に下校する姿を母に見られた。「自分だけ幸せになろうとするな」と罵倒され…それ以来「付き合えない」と突き放すしかなくなった
一万円で君と会いたい
承 邂逅
自分の夢を口にしてからは波瑠さんの瞳には、確かな熱が宿っていた。それに呼応するように、厚いカーテンの隙間から差し込む夏の光が、彼女の横顔を鮮やかな琥珀色に染め上げる。
指導の合間、ふとした沈黙が流れる。
彼女は教科書の余白に、小さくお菓子の絵を描いて見せてきた。
「……平さん。私はいつか、自分の力で誰かを笑顔にできるものを作ってみたいんです」その横顔に宿った静かな決意は、僕の胸を締め付けるほどに眩しかった。
僕はただ、「きっとできるよ」とだけ返した。
それは、孤独だった彼女と檻のようだったこの部屋にようやく本物の『時間』が流れ始めた合図のように思えた。
その日の夕方、僕はいつものカフェで大学の友人たちと合流した。
僕が東屋さんの紹介で家庭教師をしていることは、彼らも当然知っている。だからこそ、その話題が出るのは必然だった。
「そういや平、例のお嬢様とはどうなんだよ。少しは心開いたのか?」
友人の軽い問いに、僕は一瞬、言葉を詰まらせた。
彼女が笑うようになったこと。パティシエになりたいという夢を、僕だけに打ち明けてくれたこと。
「……いや、相変わらずだよ。勉強は完璧だけど、会話は最低限かな」
嘘を着く自分自身に驚く。彼女との『秘密』を、この場にいる誰一人とも共有したくない。そんな歪な優越感に浸っている自分自身に戦慄(せんりつ)した。
「ふーん。何か隠しているな……」