二 突厥の奴隷

(一)

リョウはふと、畑の雑草取りの手を休めて空を見上げた。一年前、丘の上に寝転がってのんびりと眺めていたときと同じような白い雲が、高い空をゆっくりと横切っていた。短い夏の青い天は、あのときと同じように目に眩しかったが、リョウを取り巻く状況は、大きく変わっていた。

あの日リョウとシメンを連れて黄河を渡った突厥(とっくつ)の一行は、さらに五日の距離にある突厥(とっくつ)の集落で、二人を頭領に引き渡した。

頭領は、ゲイック・イルキンと呼ばれる男で、ゲイックは「鹿」の意味、イルキンは突厥の部族長に与えられる称号なのだという。突厥人の体型は、ソグド人よりも漢人に近く、ゲイックの背丈はさほど大きくないが、敏捷そうな筋肉質の身体をしていた。

張がおおよその話をゲイックに伝えると、彼は上機嫌で二人を連れてきた武人をねぎらい、あとは任せるとばかりに戻って行った。

張に聞いたところでは、ゲイックはこう言ったのだという。

「唐からの逃亡者なら、奴隷にすれば良い。王爺さんに預けておけ」

奴隷は貴重である。良い働き手なら馬一頭にも値する。濡れ手に粟で若い奴隷二人と馬一頭を得ることができたのだから、二人の武人にも褒美が出たのだそうだ。

しかし、突然お前たちは奴隷だ、と言われても納得できるものではない。

「自分たちは、賊に襲われて命からがら逃げてきたのです。父は、ソグド商人で、突厥の人たちとも親しくしていました。父の仲間を探しに行かせてください」

「だめだ。お前は、唐の軍隊に襲われたと言ったではないか。お前たちは唐にとって、いらない人間なのだ。それを助けてここで暮らさせるのだから、ありがたいと思え」

なおも食い下がろうとするリョウに、張は凄(すご)んだ。

「逃げるなよ。逃げたら死ぬ」

突然、怖い顔をした張に驚いたが、そう言った張も実は漢人の奴隷だった。突厥の言葉を話せるので、交易の折には隊に加えられ、通訳と荷運びの仕事をするのだという。ゲイックのもとにいる奴隷を束ねているのが、王爺さんと呼ばれる漢人の老人だった。