生まれてからこれまで、ご飯の食べ方で殴られ、呼ばれて返事が遅いと殴られ、「今日の新聞を探せ! 見つかるまで探せ!」と、父さんは自分の布団の下に隠したかのように挟まっている新聞を探させて見つけるのに時間がかかるだけで殴った。
「卵焼きを焼け! 俺の言う通りに! 片栗粉の量が違うだろ! もう一度やり直せ!」「何で一番じゃないんだ! 一番じゃなきゃ価値がない!」などと訳のわからないことでパカスカ殴られる生活を思えば「一人暮らし」は素晴らしいことだった。
働きながら昼間の高校に通うという生活が、どんなことかも全くわかっていなかった私にとって「一人暮らし」は世界がキラキラと輝いたものに見えていた。
しかしー
自由を手に入れれば責任が発生する。これからは都立高校の授業料や諸費用で、月におよそ二万円はかかる。家賃が毎月三万円。電気代が何千円か、毎月、毎月、かかるだろう。それから学校に通うためには定期代。定期なんて買えるのかな? 最低でも右から左へ毎月六万円は稼いでいかないと生活ができない。
何かを学ぶのは、教えてもらうのはタダじゃない。そうしみじみと実感した。
頭の中でざっくり暗算したところで何だかうんざりとして計算をするのをやめた。とにかくまずは何とかアルバイト先を探さなければ。
昭和五十八年、高校生のアルバイト時給は平均して五百円。月に百時間働いてもようやく五万円。百時間は一日五時間働くと二十日間かかる。それだけでは食べる物も買えないのでもっと働く必要がある。けれど高校だけは卒業したい。もう大学に行ける道は無くなったのだけれど。
〈何にもわかってないトミサトに事情を話したほうがいいかな。でも言ったところでトミサトは何とも思わないだろうな。先生はきっと何人が大学に合格するかしか関心がないのだから〉
ただ、大学どころか明日からの生活自体、いや、卒業ですらどうなるか。現実はなかなか厳しいものだった。
初めに見つけたアルバイト先は都立大学駅から数分の、アパートからも歩いていけるお寿司屋さん「粋寿司」だった。
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