【前回の記事を読む】学校にまでサラ金業者が来て、私のフルネームを叫ばれた。「〇〇の父親はお金を返さない卑怯者でぇす!」同級生にも聞かれたが…
第二章 自立
ただ、寿荘は築五十年を超える古い建物で、床下が深くて八十センチほどはあった。床板はあちこちで穴が開きそうなほどにベコベコで、廊下をうっかり走ると床板を踏み抜いてしまう危険すらある。一度、おトキさんには内緒で踏み抜いたことがあるのだけれど、床板にすっぽり股下までハマってしまって足を抜くのにも一苦労だった。
トイレは各階の廊下の一番奥に汲み取りの共同トイレがあり、夜中に行けば形のない幽霊とかにも出会えそうな感じ。家賃は月三万円で水道代だけが込み。電気とガス代は別で支払わなければならない。水回りは石造りの流しで真鍮の蛇口から出る水は氷のように冷たかった。
母さんを「助けている」っていう新聞屋の営業をしているおじさんが、この部屋を探してきてくれた。敷金、礼金もその人が払ってくれた。この寿荘には新聞配達の人も何人か住んでいるらしい。ともあれ母さんの部屋には二日間だけ泊めてもらって、三日目にはこの寿荘が私の新しいお城になった。
私の部屋は寿荘の階段を上がって二階の左手の一番手前の場所で、半畳の床の間がついている六畳一間に裸電球がぶら下がるさっぱりとした本当に何にもない部屋だ。冬の午後に内見したせいか部屋全体が薄暗くて、鼠色の土壁が寒々とした様子を余計に引き立たせた。
母さんが「これで何か必要なものでも買いなさい」と二万円をくれた。新聞屋のおじさんは電気ストーブと真新しい毛布を持ってきて、
「有香ちゃんもよ、まあ、ひとりで家賃とか払って高校通うのは大変だと思うけど、お母さん達もお向かいにいる訳だし。寂しくはないっしょ? わりぃね、おじさん、これぐらいしかできなくて」
そう帰り際にボソボソと申し訳なさそうに言った。
〈私があのアパートに住むわけにいかないのは、あなたが時々泊まりに来るからで、どうせあなたは母さんと付き合うのに私が邪魔なんでしょ〉
しかし大人の事情をハッキリ言ってもバカバカしいのでもう考えないようにした。母さんが「もうお前の面倒は見られない」ってそう言ったのだもの。それだけでおじさんなんてもう関係なかった。
でも、こんな状況の中でもただひとつだけ良いことがあった。それは〈もうこれからは誰にも殴られない! 殴る人がいないなんて天国のようだ!〉ということだった。