「どういうことですか」
黒川は再び目を丸くした。
「今、久美子さんからお話を聞かれたように、彼女はあなたの子供を妊娠してしまったようです。この件の処理について、私が彼女とお兄様から依頼を受けましたので、今後のことについてお宅様と交渉させていただくために参りました」
結城は黒川に名刺を差し出し、台本通りに台詞を述べた。
「交渉って何ですか。まさか、子供を育てたいという話じゃないですよね」
黒川は怖気づいたような表情で言った。
「あなた、私の大事な妹をはらませておいて、何を言っているんだ。いい歳をして、恥ずかしくないのか。まさか、子供をおろせば済むとでも思っているんじゃないだろうなあ。妹は自分のお腹の中に宿った命を殺めるなんて、そんな罰当たりなことはできない子なんだ。きちんと、責任を取ってくれよ」
間下が迫真の演技を披露した。
「まあ、まあ、お兄さん。冷静にお話をしましょう」
結城がたしなめる振りをした。
「責任を取るとはどういうことですか」
黒川が聞き返した。
間下の演技が功を奏したのか、久美子の妊娠と題した舞台が回り始めていた。
「こちらであなたの素性を調べさせてもらいました。大きな会社を立ち上げられ、ご立派に成功されているようですね。そんなお方がこんな若い子に、いたぶるような真似をなさってはいけないんじゃないですか」
「いたぶるような真似って何ですか。体の関係を持ったのは確かに一度だけある。しかし、誘ってきたのは彼女の方からだ。これまで自分から彼女に言い寄ったことは一度たりともない」
「こういうケースでは双方の言い分が食い違うことがよくあります。放っておくと、結果的に大きなトラブルに発展しかねません。黒川さん、どうでしょう。示談のような形になさっては。その方があなたにとって、ご都合がよろしいのではないかと思います」
「示談にするとはどういうことですか」
「ありていに言えば、お金で片をつけるということです。久美子さんは生まれてくるお子様を一人で育てていきたいと考えていらっしゃいます。そこで、今後の親子の生活を維持していくために、子供の養育費を含め、いくばくかの資金を提供なさってはいかがでしょうか。もちろん、あなたが子供の父親であることは世間に公表しません」
「お金を用意しろと言うのですか。しかし、その前に彼女が本当に妊娠しているかどうか、確かめさせてください。想像妊娠ということだってあり得る」
間下が診断書をバッグから取り出し、黒川に見せた。
「黒川さん、本当ですよ。私たちだってこんなことは内密にしておきたし、穏便に事を運びたい。男と女の関係なんて、いつ、どこで、どうなるかなんてわからないことぐらい、私にだって理解はできる。
ただ、現実の問題として、妹は子供と一緒に生活していかなければならないんだ。もちろん、私たち家族も支援をするが、あんたが父親であることに変わりはない。この期に及んで、私は関係ありませんでは済まされない。あなただって、その歳になるまで様々な苦労をしてきたはずだ。私が言っていること、少しぐらいはわかるだろう」
間下が熱弁を振るった。
黒川は診断書から目を離した。
「私も男だ。お兄さんのおっしゃっていることは理解できますよ。ただ、今はもう隠居の身です。自分の子供への財産分与は済ませているし、自由になるお金をたくさん持ってはいない。歳が歳だけに、養育費を払い続けるなんて無理ですよ」
「それでは黒川さん、言葉は悪いですが、一括払いにされてはいかがですか。久美子さんとお兄様、それでどうでしょう」
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