そのとき、ふと由利子のことを思った。

会社の後輩である彼女と付き合って二年になる関係であった。そろそろ結婚を考えないではなかったが、自分が意を決して言い出すタイミングもなかった。昼間、由利子が出張帰りの神社にオレを誘ったのも、何かのきっかけが欲しかったのかもしれない。

――そうだ、明日は必ず由利子にはっきりと今の気持ちを打ち明けよう。君を大事に思っていると……――

カイコ棚、いや幼虫棚を眺めていると、卵とサナギらしきものもぶら下がっていた。なんとも不思議な光景だった。

「さっきから食べていた葉を食べ終えたようです」

巫女さんは突然言った。

「この幼虫はあなたとごいっしょだった方が引いた『葉みくじ』の葉を食べていました。まもなくサナギに変化すると思います」

なんだって? 幼虫が葉を選り分けていたというのか。それにしても食べてすぐにサナギになるなんて、変態の成長が早過ぎやしないか……。

「どうやら蝶のようですね。ほら、みるみるサナギに変化して、全体が緑色の光を帯びてきました。何か体に文字が透けてきませんか?」

オレは巫女さんに言われた方を見た。

「『ケッコン・ヨシ』と見えますけど……。え、結婚?」

由利子が全部覚えたと言っていた「葉みくじ」の内容の一部か。

「そうです。もうお分かりですね。蛾は『我』に通じ、蛾は神様のもとには飛んでいけないのです。『我』は自分に固執するからです。

『カガミ』から『ガ』を取ると『カミ』になり、美しい蝶になれば神のもとへ願いを届けられるのです」

オレは見分けのつかない中で自分の葉らしいのを必死に探した。

そんなオレを見て、巫女さんは明るく微笑んで言った。

「けっして偶然などではありませんよ、『葉みくじ』のご託宣は……。それと……、お探しの小銭入れはカバンの底の端にあるはずです」

そのとき、羽化したばかりのアゲハ蝶が一羽二羽と天井をスルリと通り抜け、部屋の外へと飛んでいった。