【前回記事を読む】「髪の毛、食べてる」その一言のあと、小2の私が“見られないため”に選んだ行動とは――

第三章 赤いチューリップ

学校の帰り道にずっと気になっている家があった。

「赤いチューリップのお家」と心の中で密かに呼んでいた。

何の変哲(へんてつ)もないブロック塀(べい)と、そこにぶら下がったビニール製の青い郵便受け、塗装(とそう)が少し剥(は)げている木製の茶色い門扉(もんぴ)、鮮やかな青の屋根瓦(がわら)、雨露に晒(さら)され劣化しかけていてところどころ黒くシミのある白い塗り壁。そして、門扉が開け放たれている時に見つけた玄関横の地面の上に置かれた牛乳の空(あ)き瓶(びん)二本、その横には、背筋を真っ直ぐに伸ばして太陽に向かって生き生きと咲いている赤いチューリップ。

毎日お水を注がれて、安心して伸び伸びと育つ赤いチューリップはきっとこのお家の家族の誰かに愛されている存在なんだろうな。

ごく普通の家族が住んでいそうなありふれた一軒家。

わたしにとって「ごく普通」とか「ありふれた」ほど、強く欲しいと願い憧れたものはなかった。

ある日の夕方、その家の塀沿いにある溝(みぞ)に排水口を見つけた。そこからチョロチョロと流れ出る白く濁(にご)った水は溝に流れ込み、上流から来る他所(よそ)の排水と混ざり合い下流へと消えていく。

この排水口から出てくる濁った水はこの家の住人の台所から流れてきた排水に違いないと思うと、得も言われぬときめきと感動を感じざるを得なかった。

わたしは衝動的に靴のつま先をその排水口に突っ込んでいた。

あ、上履(うわば)きだ、また履き替えるの忘れたんだ……。

登下校用の運動靴に履き替えるのをすっかり忘れ、校内のみで履く上靴(うわぐつ)のまま下校していたことにその時初めて気づいたのだった。

しかしそんなことは日常茶飯事であったし、その頃すでに困窮(こんきゅう)し尽くしていたわたしにとっては大した問題ではなくなっていた。

上靴のゴムの部分が排水口にすっぽりとはまると、白く濁(にご)った排水は流れを止めた。ほんの少し足を引くと、汚れた水は右と左に流れを変えた。

こんなところでこんなふうに道草(みちくさ)を食っていても、時は過ぎて、すぐに帰宅ギリギリの時間になるのだ。

この後の時間をどうやり過ごせばいいのか。

この先に起こることをどうやって納得し消化すればいいのだろうかと途方(とほう)に暮れ、いつの間にか目から涙が溢(あふ)れ頬を伝った。

だめだ、隠さなきゃ。

瞬時に私がわたしに指示を出した。

上靴のつま先を排水口から外してしゃがみ込み、右手の指先で流れ出る水に触れた。

そして涙の伝う頬をその指で拭(ぬぐ)った。

さあ、帰ろう。これなら大丈夫だ。

そう言い聞かせながら、自宅に向かって力強く駆け出した。(了)