すべてのお客様からイエスをもらうことはできないということ。家を買うための三つの条件。一〇〇%の家は存在しないことをお客様に伝えること。即決トーク。自信を持って話すこと。
金光さんのオフィスから自宅に帰り、教えてもらった内容をノートに整理した。あまりに多くのことを教わったからか、頭がぼーっとしていたのだ。
ノートに考えをまとめていると、不思議なくらいに頭がスッキリとしてきた。頭の中で五個も十個も同時に考えていると思っていたのに、いざ書き出してみると、三個くらいの考えをグルグルと繰り返し考えているだけだった。
『考えがまとまらない時は、とにかく紙に書き出せ』
これも金光さんの教えだ。
人が同時に考える事ができる数には限界がある。だったら、それを一度紙の上に手放し、俯瞰(ふかん)してみると思考は整理される。
持ちきれないお手玉をいったんテーブルに置くみたいに。整理されるから、より深く、あるいは広く物事を思考することができるのだ。
朝の公園はとても静かだった。二羽のスズメが気持ちよく晴れた空でじゃれあうようにして飛んでいる。僕は十五分くらいベンチに座り、頭の中をクリアにしてから、仕事に行くために家に帰った。
今日案内する物件は、大阪メトロ「清水」駅から徒歩約五分の所にある新築戸建てだ。A号棟からC号棟まで三棟ある三階建ての分譲住宅で、それぞれに見せ場が設けられている。
A号棟は「大きめのシューズインクローゼット」、B号棟は「二階にLDKと水回りを集約」、C号棟は「リビング吹き抜け+書斎スペース」と、いろんなお客様に喜んでもらえる間取りを揃えている。
九時には現場に到着し、フローリングや玄関を掃除した。建売住宅はたくさんの人が出入りするため、髪の毛やホコリが落ちていることが多いのだ。これで案内準備はバッチリだ。
僕は洗面化粧台の前に立ち、鏡に映った自分をみつめた。そして、「この案内で必ず不動産購入申込書をもらうぞ! とにかく“即決トーク”を意識するんだ! 僕はできる!」と鏡の中の自分に向かって言い聞かせた。もう僕の頭には、今日、お客様に不動産購入申込書をもらうイメージしかなかった。
腕時計の文字盤を見ると九時五〇分を指していた。僕はお客様を出迎えるために物件の外に出た。
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