《長の字長屋・中の細道(日替わり)》
外、雨が降っている。
軒を連ねる五軒が向かい合っている。
家と家の間に、二間ほどの道がある。
そのうちの一軒から世津(23)が戸を開けて出て来る。
雨を手で避けながら、隣の家の戸の前で声を掛ける。
世津「安兵衛さん、いますか?」
安兵衛の声「はい、いますよ、どちら様で?」
世津「隣の世津です」
《同・安兵衛の家の中》
安兵衛「え、世津さん、す、すぐ出ます」
と、今までチビチビやっていた徳利と猪口を布団に隠して戸を開ける。
外の雨を見て、慌てて、
安兵衛「濡れますから」
と、世津を中へ案内する。
安兵衛「へへへ、掃溜めみたいなところですが」
と安兵衛が赤い顔で言うと、世津は、手拭いで雨をぬぐって部屋の中を見る。
世津「まあ」
と口元の笑いを手の裏で隠して、
世津「そんなことありませんわ」
と持ってきた笊(ざる)の布巾を取って、
世津「これ、よかったら食べてください」
とふかした芋を差し出す。
安兵衛「え、これ、川越の?……」
安兵衛、芋と世津の顔を交互に見る。
世津「……」
安兵衛「……」
× × ×
(安兵衛の回想)
安兵衛の家の戸口に、世津と太郎坊が立っている。
世津が深くお辞儀をして、
世津「武蔵の川越から隣に越してきた世津と申します」
世津の顔を見て、ポッと顔を赤らめる安兵衛。
(回想終わり)
安兵衛「この芋は川越産ですかい? 有難うございます……丁度腹が減ってきたところで」
安兵衛、グウーとお腹が鳴ったような音を声で出す。
世津、口元に手を当ててクスッと笑い、笊を渡す。
世津「いつも太郎坊がお世話になりありがとうございます。今日はお吉さんのところの健坊と遊んでいます」
安兵衛「そうですかい。世津さんが越してきて、かれこれひと月ですか、太郎坊もすっかり慣れたようですね」
世津「この前も、助けていただいたそうで、太郎も安兵衛おじちゃん、おじちゃんとそればかりで、……。お陰様で、太郎も近所の子供達と漸く馴染んだようで、遊び相手にもなっていただいて」
安兵衛「いやなに、こっちが遊んでもらっているようなもんですよ。今度は見世物でも連れてってもらおうかと。早竹虎吉の曲芸も評判だし」
外で、時の鐘が鳴る。
世津「あら、こんな時間。髪結いの仕事が……長居をしてしまいました、失礼します」
と、深く頭を下げて出て行く。