【前回の記事を読む】「だって、今まで誰も……」最後の卒業式で、かつての教え子が膝から崩れ落ちた理由とは
大学時代の思い出
私をつくってくれた先生
なお、後々わかったことなのだが、私が通った大学の現在の学部長も、大学理事長も、学生時代にA先生から同じ扱いを受けたそうである。
私が卒業したのは、卒業者数も現学生数も日本一を誇る大学である。現理事長はもともと著名な小説家であり、私が所属していた同一学部、同一学科の先輩であった。
現在の学部長も含めて、そのお二方もA先生の強烈な毒舌攻撃と過酷な扱いに耐えてこの授業の単位を得たということである。だとすれば、外部からの多少の批判などで落ち込むような弱い精神力の持主であるはずがない。この話を聞いた時、私はA先生の門下生であることが大変誇らしくなった。
最後に紹介したいのは、今は亡き、並河亮先生である。この先生の講座名は「英米文学原典講読」というものだった。
しかし、私は並河先生から英米文学についての話を伺った記憶がない。並河先生が話されたのは、もっとずっと興味深く、恐ろしいくらいに壮大な思い出話だった。
中国からインドの北部までシルクロードを旅しながら、古代にそこで生活していた幻の部族のコインを収集したり、各地の仏像の顔形の違いと変遷を観察したり、アメリカ合衆国に渡って黒人の歴史を研究したりと、全世界をまたにかけた研究活動を行い、その領域は、史学、考古学、民族学、英米文学など広範囲に及ぶ。
さらに青年時代には、NHKのアナウンサーとして、ヨーロッパから飛来した大飛行船に向かって、重い有線マイクを担いで走った体験をもつという方だった。
並河先生は、どういう訳かわからないが、ありがたいことに私によく話しかけてくださり、ご自分の著書にサインを書いて三冊ほどくださった。それは、今でも私の大切な宝物である。
並河先生は、私たち学生にこのように話してくださった。
「日本の国はとても住みやすいが、ここにいるだけでは、世の中について何一つ見えてこない、とにかく一度は外国へ行きなさい、そうしなければ本当の意味での広い視野は手に入らない」
この時、私は、並河先生の仰っていたことの「本当の意味での広い視野」というのがわかっていなかった。その意味のほんの一部だけだが理解できたのは、その後、約二十年を経てからである。