四
謙志郎が寺に来た次の年、つまり昭和十五年は紀元節で、日本中がお祭り騒ぎで沸き返っていた。だが、軍の中にも手放しで騒ぐことのできない人たちもかなりいた。中でも海軍は騒ぎの波には乗れなかった。彼等は国の情勢のきな臭さを敏感に嗅ぎ取っていた。
この年の梅雨も明け、空にはギラギラ太陽が照りつけるある日、親友の早川寅夫がひょっこり訪ねてきた。早川寅夫と朋来はある宗教大学で机を並べた仲だった。二人ともかなり裕福な家庭で育ったせいか、何事にも大らかだった。
荒れ寺の住職を務める朋来に対し、寅夫は栃木県の塩原で身寄りのない子どもたちの施設を経営し、父親的存在として慕われていた。そんな寅夫がひょっこり訪ねてきたからには、何か折り入って話でもあるのではないかと朋来は推測した。
「どうかしたのか。お前が訪ねてくるのは久し振りだからなあ」
「そうだな。お互い貧乏暇なしだからなあ。実は松藤のお孝さんから連絡があって、大事な話があるから二人で早いとこ出てくるようにとのことなのだ。内容は二人の前でしか言えないそうだ。お孝さんは几帳面な人だから、いっそ今日にでも行ってみないか」
「お孝さんがなあ」
朋来は深く息を吐いた。割烹松藤の女将のお孝は呉服問屋遠藤重太郎の囲い者で、松藤も重太郎が持たせた店だった。
そして、寅夫の父寅蔵と朋来の父朋太郎は、重太郎の親友でもあった。今は三人とも鬼籍に入ってしまったが、彼等が存命の頃からお孝は二人を可愛がってくれた。彼女は気風(きっぷ)が良く、義理堅い人だった。だが、二人とも仕事にかこつけてか、松藤にはかなり足が遠のいていた。
「せっかくお前が訪ねてくれたんだ。よし、お孝さんの店で久し振りに飲もうじゃないか」
話が決まると、二人は本所にある割烹松藤へ急いだ。
二人が店に着くと、いつもなら恨み言のため口をお愛想にたたくお孝は声を出すなと目で語り、見たことのない奥座敷に通した。部屋は昼間でも薄暗く、一見納戸にも見える。
彼女がここまで慎重な行動に出るからには余程のことに違いない。二人は緊張より恐怖が背筋を走った。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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