【前回の記事を読む】団地の火事で母娘が死亡…「親子で心中」と噂された女子高生は、中学時代、クラスの人気者で僕の勉強仲間だったのに……

私が空を飛ぶ理由~つばめのつばさ~

元クラスメイトが死んだ

武藤照子のことは、二年でクラスメイトになった最初は名字で呼んでいた。

一五ものクラス替えでは数人を除いてほぼ全員が初対面だ。男子どうしは早々に下の名前やあだ名で呼び合うようになるが、女子はそうもいかない。

春の遠足に行き、班活動などで交流する中で次第に呼び方は変わってきた。

「武藤」は「照ちゃん」になり、ほどなく「てる」になった。

「てる」は勉強が好きで、特に歴史が好きな子だった。数学や英語もまあまあできたが、歴史のテストには命をかけていたと言っていい。

ちなみに私が勉強ができたのは、好きだったからではなかった。教育熱心な親の影響だ。

父親は「自分は勉強が好きだったのに家が貧しくて希望の進学ができなかった」と幼い私に繰り返し話した。

「だからおまえには好きなだけ勉強をさせてやりたいんだ」が口癖だった。

私は心の中で「そんなの親の勝手だろ、子どもに押し付けるなよ」と憤慨していた。

好きでもない勉強を強いられただけでなく、未来を夢見たギターまで取り上げられたのだから。

でも反論すると「贅沢いうな!」と殴られるから怖くてできない。面従腹背という言葉を覚えた。

ただ、好きでなかろうと勉強ができれば学校生活の上では都合はよかった。それだけでクラスメイトは尊敬のまなざしをくれたし、先生たちも一目置いてくれた。

そばには人気ナンバーワンの平井君がいてくれるから、いじめられる心配もなかった。