私は金魚
今の暮らしは案外悪くない。縁あって担任の大類(おおるい)先生の家の金魚鉢にお世話になり、家族の皆さんから「クーミン」と呼ばれている。
でも、家族の中で私の本当の名前を呼ぶのは先生しかいない。外の大人たちが「コロナ」という厄介者のせいで、ひどく慌ただしくしていることは伝わってくる。
彼らは顔の半分をマスクという白いポイのようなもので隠し、距離を置く姿はどこか臆病で、別の生き物を見ているような不思議な気がする。
大類先生はいつも忙しいようだけど、たまに目が合うと「玖美(くみ)、元気か」と、餌をくれる。
ちょっとした事情から不登校になった日の夜、私の魂は大類家の金魚に乗り移った。魂が金魚に宿るなんて、笑われるかもしれない。けれど私の目には不思議な光景が映るようになったの。
私は確かに時間の境界線を越えた。まるで万華鏡のように過去も今も溶け合っていくのよ。
今、先生の娘の真理さんは職場で推奨されるワクチンの接種に心を痛めている。
ある日、真理さんは恋人の西川拓海(たくみ) さんと、黙食という滑稽なスタイルで鳥中華を食べていた。
「真理、ごめん。ワクチンは打たないことにした。流されたくないんだ」
拓海さんの言葉は静かだが、多数派を拒む強さがある。でも、その強さがいつか拓海さんを職場の隅へ追いやってしまわないか、私は少し心配になる。
人間はどうしてこれほど他人の視線を恐れるのか。けれど、その言葉が真理さんの迷いを断ち切った。
きっかけは大類先生がクラスでよく言う言葉だ。
「決断とは……」
「決めたわ。明日、法人の診療所でワクチンを打ってもらう」
さすが、先生の娘ね。打つも打たぬも決断だ。
でも大人たちは常に群れの中に居場所を探し、組織から溢れることを恐れ、絶えず泡を出すエアポンプのように同調圧力という見えない空気に翻弄されている。
自らの意志を持たず、誰かに寄り添うだけの金魚の糞(ふん)に似てはいないか。
人間たちよ。
コロナのようなウイルスなんかよりも、心の隙間に入り込む同調圧力こそ、ずっと厄介な病ではないのだろうか。
2021年からの幾年月。
クーミンが
雪とスイカと花笠のまちにて
水の中から
人間たちを
眺(なが)むる日々の記録。