第4章 認知症 母が変わり始めた日
最初のサインを見逃さない
九十五歳になった頃、ベッドから滑り落ちて背骨の圧迫骨折、それ以降、終日、寝込んでいることが多くなった。
ところが、その母がマンション前の歩道でシルバーカーを両手で持って立っているのを帰宅時に発見。
「何しているの」
「お父さん帰ってきいへんから近くに居ないかと探しているの」
来るべきものが来た! 不安感が膨らんでいく。父は十年以上前に亡くなっているのだから。
トイレは自力でできるものの、ほとんど寝たきり状態の生活をしていた母が、今日は外出用に服装も着替えエプロンまでしている。どこにそんな能力が残っていたのか?
今回は「徘徊」を予感させる事件だった。
この一年前から母は弱気になっていた。毎年、冬が母にとっての大きな山だった。母は夏の日差しも嫌ったが冬の寒さはもっと嫌った。冬篭り態勢に入る。終日ベッドの中でうとうとしている。
圧迫骨折以後は食欲も衰え普段の半分になった。顔もやつれ「死相」さえ読み取れた。棺おけに入ったらこのような顔になるのかな、と思える状態にさえなった。毎日のように「おかあちゃん、もうあかん」と言い出した。「長くても二、三年やで」と。
私は母に背中に湿布薬を貼ってもらった。そして言った。「おかあちゃんが居なくなったら誰に湿布薬貼ってもらえばいいのかな?」「隣の奥さんに頼むわけにもいかんしな」「こまったなー」
翌日には母の預金通帳を見せて「お母さんの年金、遺族厚生年金が○○円、国民年金が○○円、お母さんが亡くなったらこれが入らなくなるんだよ。こまったな」
これは母の急所をついたつもりだ。
次回更新は8月5日(水)、20時の予定です。
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