【前回の記事を読む】背骨を圧迫骨折した95歳の母に、午前1時から7時まで起こされ続けた夜――男一人の介護は限界に近づき……
第3章 再びの骨折と老いの現実に向かう
深夜のトイレ介助の過酷さ
しばらくすると、またゴソゴソと布団をあっちこっちへ動かす音と母の声で目が覚める。軽い羽毛布団は遠くに放り投げられていた。
「おしっこに連れて行って」
「オムツでして!」と大声で叫んでも母の耳には入らないようだ。
母のそばによたよたと四つん這いになって近寄ると母はまるで子供のように私の首に両手を巻き付けて自分の身体を起こそうとする。母をキャスター付き事務用椅子に乗せてトイレに。
これが二回、三回と繰り返されると五時頃には私も起きる気力がなくなってくる。
「早う起きて!」「今日はデイサービスに行くんやろ? 行かなくていいの?」
「お母さん、時計を見て!」
柱時計も蛍光灯の補助灯では暗くて見えないようだ。時間が数字で表示されるデジタル式時計を見せたが「わからない」と言う。
「今、五時だよ。まだ暗いの。みんな寝ているんだから、お母さんも寝て!」
「デイサービスに行かなくていいの?」
「今日は行かなくていいよ。だから寝ていていいよ」
「デイサービスを休んでもいいの?」
「今日はどこも行かないよ」
母は毎日、月曜から土曜まで週に六日、デイサービスに通っている。今日が休みだという私の「ウソ」に引っかかっているのだ。
それにしてもなんでこんなに元気なんだ! こっちが倒れてしまいそう。
母はデイサービスに行く準備をしなければ、と思っているのだ。「早う服を着せて」
ぼーっとした重い頭をもたげて四つん這いになったまましばらく動かない私に
「何をモタモタしているの! 早う目を覚まし! 冷たい水で顔を洗ったら目が覚めるよ!」
子供を叱りつけるような力強い声が朝方の静かな部屋中に響きわたる。
昨夜はかゆみ止めの薬を一錠飲ませた。その副作用の「眠気」を活用してグッスリ眠ってもらう算段だった。完全にあてが外れてしまった。効果はなかったようだ。
やはりマッサージをするしかないか? 念入りなマッサージで「疲れてもらう」しかないのだろう。「面倒だ」とマッサージをしない手抜きの罰があたったのだろうか?
介護する側にとっては精神安定剤は魅力的で手が出そうな薬剤だ。母の睡眠のコントロール用に処方してもらっている。が、超高齢の母には危険性が高い。それが命取りになることもあり得る。
認知症患者が死亡する場合の多くは「嚥下障害」で、それが「肺炎」の原因になる。精神安定剤が「嚥下障害」の引き金になるかもしれないと思っていた。
そして数年後の九十七歳で大腿部頸部骨折、九十二歳の時は右側だったが、今度は左側だった。こうして運動機能が一つずつ失われていく。それとともに認知機能も衰えていく。身体を動かす機能をリハビリで回復させると、動くことで転倒のリスクが増える。