【前回の記事を読む】「統合失調症」という言葉に苦悩する日々。「病気の人に見えない」「元気だよね」と言われることも…誤診を疑い始めた私は…

本章 リカバリー体験を語る会[初日]

なぜ語るのか

わたしはおととし、見つけた講習会に参加して、実際に一冊の手作り本を自分で作ってみて、ぜひその活動に加わりたいと思ったわけです。その活動がもたらす、語り手と聞き手への深い恵みに大変感銘を受けたからです。

けれど、わたしには障害者であるというハンデがあり、その立場の人間が他人のプライバシーに踏み込んでいいものか、そこで抵抗や差別があるんじゃないかと予感して、全く知らない他人の聞き書きを行う判断ができなかった。

それでもやってみたいと思い、誰にお願いしようかと考えて、自分の父に申し出たわけです。

すると、父はどう思ったのかわかりませんが、こころよく了承してくれて、わたしの初めての聞き書き活動が始まったのです。

初めての聞き書きはですね、実に気合いが必要でした。

いざ、父と対面すると、まず照れるわけです。ああ、これまで父と一対一で話す場などなかったなと。

そして、第一声は自分から声をかけなければいけません。こちらが聞き手ですから。なんて声をかけたらいいのかなんてわかりません。

「ど、どうですか? 最近は」って。

わたしは、馴染みの医師になったつもりになって、思い切ってそう声をかけました。あとでその音源をテープ起こししていて、自分の声の頼りなさになんとも身がよじれる思いでした。

いっぽうの父は、堂々としたものでした。照れて少しかしこまってはいたものの、どっしりと落ち着いた口調で話してくれましてね、その父と子のギャップにすでに感慨深さを感じましたね。

それでそのときの話から、父が老後の楽しみに俳句の句会に参加しているというのを聞きましてね、意外な思いを抱きました。なぜって?

俳句っていうのは、言葉をつむぐことですよね。

その句会っていうのは、自分の句を提出することが必須なわけですよ。それを父は、もう十年続けているというのです。苦手だったらできないことですよね。

ところが、わたしはこれまで、父のそういう言葉をつむぐのが得意そうなところを見たことがなかったわけです。

言葉遊びのようなことはしないと思っていた。必要なことしか言わないような父しか知らなかった。

このときわたしはグッと父に近づいた気がしました。

知りたいって思ったわけです。

父って、実に自分にとってはわからない存在なんだなって気づきましたね。

それで、今回の体験談のことですよね。どうして体験談を語ろうと思ったのか。お話ししたように聞き書きを始めて、父にわからない部分を発見しました。

そして知りたい、もっと話を聞きたいと思い、父の子供の頃の話を聞くうちに、自分の子供時代も思い出すわけです。

ああ、父の子供時代はそうだったんだ。わたしの子供時代はどうだっただろうって。