はじめに―石を拾う

「なぜ出版したのですか」

二〇二三年九月、筆者は前作『私への七通の手紙 統合失調症体験記』(幻冬舎メディアコンサルティング刊)を自費出版で世に出した。

世のしがらみと自らの病の中で、こころを閉ざしていた筆者が、こころを取り戻すまでの内省を描いた自分への手紙だった。それは言ってみれば私信であり、極めて個人的な独り言だった。

そんな個人情報を公開することへの疑問として、筆者は、出版したあと、何度かこう尋ねられ、そのたびに端的な言葉が浮かばなくてもどかしかった。

その内心で、隠すべき内容を公開したことが理解できないというその声に、筆者は疑問を抱いた。なぜなら筆者にとってのその行動は、与えられた人生の道中に転がっていた石を拾ったにすぎないと思えたからだ。

それで、筆者はその自分の行動をもう少し振り返ってみた。それが今回の手記を書くきっかけとなった。

その石を拾う。

なぜ拾ったのか?

その石に気づき、魅力的に見え、自分に必要だと感じたから。

逆に筆者は質問してきた人たちに聞いてみたいと思った。

「なぜその足もとの石を拾わないのですか?」

質問してきた人は答えるかもしれない。その石に気づかないから。その石に魅力を感じないから。その石を必要としないから。いちいち拾っている暇はないから。いろんな理由が考えられるだろう。