フォーモサという言葉は美しいという意味で、海岸沿いに航海した最初のポルトガル航海士たちによって命名された。それは確かに極東における最も心(こころ)惹(ひ)かれる美しい島の一つである。
私たちが過ごした午後の夕暮れ近く、空は霞がかった灰色で、島は淡い藤色であった。陽は峰に沈み、天空は紅に輝き始め、山々を真っ暗な燃える火山に変えた。暗くなりかけた時、気温がとても高かったので私たちはデッキで眠った。美しい南十字星が地平線の上できらめき、夕暮れの荘厳な美しさは南国の夜の神秘的な魅力に席を譲った。
台湾は中国によって二百年以上占領された後、一八九五年日本に割譲された。韓国同様、ここでも日本の統治は大変革をもたらした。
それにしても地球上のこのような辺鄙なところに鉄道や電灯を実現するのは難しいことである。その見返りに台湾は米、茶および砂糖を日本に供給している。また台湾は世界で使われるほとんど全ての樟脳(しょうのう)(※訳注)を生産している。
※訳注:英名camphorカンフル。クスノキの葉・枝・木材・根を蒸留精製して得られた無色透明の昇華性結晶。セルロイドの可塑剤や火薬の製造原料、香料、防虫剤、医薬品などに用いられる。
中国人は、台湾島を領有していた間、西部地方にしか居住しておらず、東半分の未開のマレー民族にはいかなる影響力も持っていなかった。これら未開人は首狩り族で統御するのが難しい。なぜなら彼らは世界で一番恐ろしい刺激的なゲーム、すなわち他人の頭を狩るゲームを殊の外楽しむからである。
彼らは戦のダンスを踊り、殺戮(さつりく)した敵の頭蓋骨を酒杯としてとっておき、犠牲者の脳みそで作った酒をその杯で飲むのである。日本人は首狩り族を管理下におき征服するために巧妙な策を講じた。彼らは山の峰を電流の通った電線で取り巻き、電線沿いのあちこちに歩哨を配置した。
原住民は電線が危険であることを悟った。そこで日本人は電線を上へ上へと徐々に動かし、そしてついには未開人を小さな場所に囲い込んで食料攻め等の方法で制圧することにしたのである。
ソウルでの短い滞在のあと、私たちは植民地に別れを告げ、朝鮮から下関へ一晩で渡って、日出ずる国の本国に向かった。この方がウラジオストックから数日かかる移動よりもはるかに快適であった。
旅行客を呼び寄せるために日本人はこのルートに最良の車両とボートを配備していた。私たちの見た「隠者の王国」の最後の眺めは、月光に照らされた海から聳え立つ絶壁になって昇るギザギザした峰々の姿であった。それら峰々の黒い塊が天空を背に、荘厳で雄大な輪郭を描いていた。
👉『“魔法の国”日本 ~駐日アメリカ大使夫人が見た明治・大正の日本~』連載記事一覧はこちら
【イチオシ記事】妻の姉をソファーに連れて行き、そこにそっと横たえた。彼女は泣き続けながらも、それに抵抗することはなかった
【注目記事】アプリで出会った女性と初めて大人の関係に。最初のデートの時とは打って変わって、彼女のノリは悪く…
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp