【前回の記事を読む】1人で歩いてると、反対車線からきた軽トラがスーッと止まった。「送っちゃるけん、乗ってき」とリュックを剝ぎ取られ…

第三章 伊予 菩薩の道場 山ばかり、でも人が優しい

28日目 2024年10月16日(水)

なんとか午前中のうちに43番を打ったものの、宿泊予定地まではまだまだ先だ。どうして毎日楽にいかないのかと、ホントに情けない気分になる。理由ははっきりしている。わざわざ遍路道を選んでいるからだ。長い長い山の麓を歩き続けていると、やはりきた。必ずくるトイレ問題。

しつこいようだが、コンビニなどない。あるわけない。そんな時にありがたいガソリンスタンドも見当たらない。止まって考えてる暇はないので歩いていると、山道の途中に近代的な建物。どこぞの会社のようだ。

おかしな光景だったはずだ。そんなことは百も承知だ。いくら四国でも、お遍路が歩いていてもおかしくない土地がらでも、菅笠を被った人間が会社に入ってくることなどないだろう。視線が痛い。しかし、この生理現象だけは我慢することができないのでトイレをお借りできないか聞いてみようと、腹をくくり、会社の自動扉を入る。

受け付けのお姉さんに事情を話すと、意外にも快く貸してくれた。菅笠被った、汗まみれ、ほこりまみれ、酷い有様の私は、まるで場違いだったが、背に腹は代えられない。

遍路道の小さな看板はともすると見落とす。よく見ないとダメだ。今日の遍路道は峠を下りてからは、国道から逸れたり、国道に合流したりしていたので、国道を歩く区間もあった。

その時たまたま見つけた、とってもメルヘンな病院。入院施設も整った病院のようだが、ヨーロッパの古い街で見るような、初めて見る佇まい。「こんな病院なら、2~3日入院してもいいかな」なんて思った。

遍路道は大抵、懐かしい空気の漂う山里の風景の中だ。小学校時代に習った童謡が自然と口から出てくる。覚えている限りの童謡を片っ端から、大声で歌う。ついでに最近始めた三線で覚えた沖縄民謡も歌う。どれだけ大声で歌っても誰もいないのだから、天下御免だ。童謡や日本昔ばなしがよく似合う風景ばかり。

苦しいけれど、そんな風景たちに癒されている自分も強く感じている。現に、国道沿いの日頃見慣れた景色の中に入ると疲れるようになっている。

それにしても、歩き遍路は過酷。時計を見ると午後1時半。どうりで、お腹が減るわけだ。宿で朝食を食べて以来、水分以外口にしていない。

携帯食のカロリーメイトと海苔せんべいとみかんぐらいしかリュックに入っていないので、こんな山の中では何もないし、しかたがない、カロリーメイト食べるか……とどこか日陰で腰を下ろす所はないかと歩いていると、前方で車が1台停車している。

邪魔だな~っと思いながら、避けていくと、窓が開き、作務衣を着てニットの帽子を被ったおっちゃん。「お遍路さん、おにぎり食べないかい??」と言う。見ると、助手席のレジ袋の中からおにぎりを取り出している。「えーっ。でも、それは、おじさんのお昼ごはんじゃないですか?」と言うと、「いーよいーよ。これもご縁だからさ!」とおにぎりを1つくれた。