がたがたの山道へ入ってから一時間ほども走っただろうか。一軒の半ば朽ちかけたような古い小屋の前に辿り着いた。小屋の脇の僅かなスペースに四輪駆動車と二台のトライシクルを乗り捨て、そこからは徒歩になった。
小屋の先には広い川が流れ、向こう岸まで細い吊り橋が架かっていた。
「向こう岸はもうマンギャン族の世界なんですよ」と、例の阿部青年が木田に耳打ちした。
彼は木田から貰った止痢剤を飲んでから下痢も止まりすっかり回復したと、朝食の際に明るい顔で木田に礼を言った。
「それまで、いろいろな薬を買って飲んでみたし、NGOの現地の医者から貰った薬も試してみたんですが全然効かなかったんです。やっぱり、日本の薬はすごいですね」とすっかり感心していた。
使用した薬は特別のものでもなく、そう感激されるとくすぐったいような気分になる。一体現地の医者はどんな薬を彼に処方したのだろうか。
それ以来、彼は不慣れな木田に気を遣ってくれて、木田にとっては何かとよき相談相手になった。
錆びたワイヤーと腐りかけた板を継ぎ合わせて川に渡された吊り橋は、人がすれ違えないほどの幅で、木田は汗ばんだ手でしっかりとワイヤーを掴(つか)みながら怯えた足取りで渡っていった。
対岸に渡ると直ぐ、そこは集落になっていたが、それらの一軒一軒は今まで見てきた小屋より更に一層小さくてみすぼらしく、中には崩れかけたような小屋さえ見受けられた。吊り橋から続く小さな広場で遊んでいた裸足の子供たちが、歓声を上げながらいっせいにこちらに向かって走ってきた。
吉田と並んで先頭を歩いていた加藤美幸は、抱えていた段ボール箱から小さくパック詰めにされたスナック菓子を取り出すと、群がる子供たちに手渡し始めた。
この様子をトニーがカメラに逐一記録している。なるほど、現地へ行く度に、こうして先ず子供たちを手なずけることから始めるのが常套手段らしい。
加藤と阿部とが子供たちを相手にしている間に、吉田は他の現地スタッフとともに集落の代表者らしい数名の年長者と話し込んでいる。やがて吉田から「ドクター、こっちです」と合図があり、木田は彼らの後に従って、そのまま集落の奥へと進んだ。
直ぐに小さな花壇を前景にピンク色のペンキで塗られた未だ新しい平屋の建物が現れた。窓からは同じような椅子と机が並んでいる様子が窺え、明らかに学校であることが分かる。
貧相で埃っぽいこの集落に、派手なピンクの木造校舎はいかにも不釣り合いで異様にさえ見える。
これも後で知ったことだが、校舎は少数民族への外国からの援助金で建てられたものだった。
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