【前回の記事を読む】何のために管理しているのだろう。絶景の割に閑散としすぎている。日本なら大勢の人が詰めかける観光名所にできるだろうが……

2 フィリピン娘ウェンディ

夕食後、吉田と明日のスケジュールの打ち合わせがあったが、打ち合わせといっても、木田はただ彼らに付いて行って、言われた通りのことをすればいいらしい。

その後になって少しずつ呑み込めてきたことではあるが、むしろ、事情もよく分からぬ者に、あれこれ引っ掻き回されることは、彼らにとっても望むところではないのだ。

彼らにとっては、日本から医者を連れて来たという事実こそが大切であるが、あくまで活動の主体は彼らであり、ここまで誠意を持って活動しているという既成事実作りのシンボルとして彼を利用したかったのかも知れない。

しかし、はなからNGO活動に興味があったわけではない木田にとっては、そんなことはどうでもいいことだ。

積極的に提案したり行動したりする必要がないのは、彼にも好都合だった。

3 NGOカラバオ・精霊伝説

翌朝、四輪駆動のSUVとトライシクルに分乗して、彼らは山間のマンギャン族の部落へと向かった。

島の海沿いの起伏に富んだ道をけたたましくエンジン音を唸らせながら上り下りして、僅(わず)かな民家が街道沿いに並んだ小集落へ到着した。

一軒だけの薄汚れたサリサリストアー(小商店)を中心に、粗末な掘建て小屋が並んでいるだけの集落だった。ここから街道をそれ、未舗装の細い赤土の道を山奥へ向かって上って行かなければならない。向かう集落の名前は昨夜聞いていたが、覚えられなかった。

街道からそれると、しばらくは両側に長閑(のどか)な水田が広がっていた。木田は、日本の田園風景に似ていると思った。子供の頃、母親の実家があった新潟で見た田園の風景と、稲穂のそよぐあぜ道を走り回った懐かしい記憶が、心に蘇ってきた。

しかし、ここではトラクターや耕耘機(こううんき)は一切見かけない。その代わりに、水田のあちらこちらにカラバオと呼ばれる水牛が佇んでいる。

沖縄あたりにいる水牛と違って、水の中に潜っているわけではないので水牛と呼んでいいのかどうかは分からない。

この辺りでは、田畑の耕作や作物の運搬に、このカラバオを利用しているのだ。

やがて道が狭くなりだすと勾配も次第にきつくなる。時として古いトライシクルはエンジン音をむなしく轟かせるばかりで勾配を上れなくなり、乗員は運転手を残していっせいに降り、徒歩で上らなければならない場面もあった。