【前回記事を読む】日本人が一切いない夜行バス。しかも"女"は私1人だけ……不安と緊張で眠れなかった。貴重品は腹巻の中に隠したが……
第一章 アジアへの憧憬と初めての店創り
3 ギャラリーでの展示会とオリジナルブランド作り
オリジナルブランドを作っちゃった!
やはりいいものは現地でも高いのです。そこまでのお金を出して購入しても売れなかった場合は不良在庫になります。
いいものを買って手元に残しておくコレクターもいますが(憧れますが、私の立場ではとても無理)、私は次の買い付け資金のためになるべく仕入れたものを売り切りたいと思い、売れ筋中心のバイヤーになっていきました。
当時の私は生活のために売上を増やすことに必死で、とにかくお金を作りたかったのです。実際、ギャラリーの仕事をするようになって、少しずつ入ってくるお金も増えて助かりました。
娘の学費捻出とジンマシン
当時、父親と暮らしていた長女が高校卒業後、美容の専門学校へ行きたいと言いました。私は離婚してから娘にお小遣いをあげたことがありません。
家庭の実情を全て知っているので、高校生の時も必要なお金は自分でアルバイトしながら捻出し頑張ってきた娘です。
そんな娘から「ママ、入学金が100万円くらいかかるけど、美容学校に行きたい」と言われました。100万円!? そんなお金、見たこともないのに。
元夫にはほとんど収入がなかったので、払うとしたら私しかいません。いつも頑張ってきた娘が行きたいと言っているのだから、これはなんとかするしかない!
売上が伸びていると言っても、短期間で100万円を作ることなんてできるだろうか。お客さまは確かに増えてきましたが、仕入れもあるので思うように貯金は増えません。
どうしようと悩んでいたら、毎晩、布団に入るとジンマシンが出るようになりました。全身が痒くて仕方ないのです。
手作りの枇杷葉エキスやよもぎオイルを塗っても全く効果なし。寝るに寝られず、仕方なく病院に行くと、完全にストレスだと言われ痒み止めを服用することに。
当時は店の定休日を増やして、その分、フリマやイベントなどに出店してコツコツ販売を続けていましたが、何より収入の柱になったのはギャラリーでの展示会でした。やはり商品がまとまって売れると助かりました。
その後、元夫の両親が20万円を出してくれることになり、ギャラリーでの売上も入ったので、私はノルマ80万円を達成し、無事に入学金を支払うことができました。
支払いが終わると見事にジンマシンは完治。精神的な重圧が体の症状に出るのだなと痛感しました。
当時、ある方が「お金の苦労は添加物より体に悪い」なんて言っていましたが、まさに本当ですね。
今思ってもあの頃は、とにかく必死に稼ごうと一生懸命でした。娘だけでなく次に続く下の男の子たちもいるのですから、学費捻出のノルマは始まったばかり。これからも続くのです。