店長がポケットから取り出したのは、くしゃくしゃになった五千円札と千円札だった。咄嗟に「そんな、受け取れません」と手を振ったが、店長はそれを許さなかった。長年の水仕事でひび割れ、ゴツゴツと荒れたその掌(てのひら)が僕の手を包み込むようにして紙幣を押し付けてくる。
「平くんにはいつも助けられてる。……君は真面目すぎるんだ。働くことも立派なことだけど、今しかできない経験も今の君には必要なんだよ」
店長は僕の目をまっすぐに見つめ、一文字ずつ刻み込むように言った。
「ただし、このお金は友達と遊ぶために使う事。みんな平くんと遊びたがってるからね」店長の手の熱が指先からじわりと伝わってくる。
母が求めた『教養ある成功』や、僕が普段触れている無機質な教科書とは対極にある、油と洗剤の匂いが染み付いた、生活の匂いのする6000円。
店長の家計も決して楽ではないことを僕は知っている。その重みがわかるからこそ、僕は視界が滲むのを堪えて絞り出すような声でお礼を言った。
「……ありがとうございます」
感謝の奥で、自分にそれを受け取る資格があるのかという小さな罪悪感が胸を突いた。
「元気がいいな」と笑って僕の肩を叩く店長の掌はひどく温かかった。
次回更新は7月14日(火)、20時の予定です。
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