火力発電所のタービン発電機、ボイラーのデジタル全自動スタートアップ
1965年頃から東北電力が世界で初めて、コンピューターによるタービン発電機のスタートアップの開発を東芝に要請し、その仕事が私に回ってきた。
1964年、米国ニューヨークのEBASCO社に行ったことは前記の通りである。ここで目にしたのは、タービンの自動スタートアップについて開発中の考え方で、大変新鮮であったが内容が高度すぎて当時のコンピューターの能力をはるかに超えていたため、米国では実現しなかった。
帰国後、東北電力の250MW八戸火力発電所でタービン発電機のデジタル全自動スタートアップのために、東芝のタービン本体の技術者から出されたスタートアップの手順や技術仕様を基に、1966年から1967年の春までに自らそのソフトウェアの仕様書とプログラムの流れを図にしたフローチャートを開発した。
コンピューターは、このころ(1966~1968年)になると、大きく進歩し、メインメモリーもドラムからコアメモリーになり、計算スピードも飛躍的に速くなっていた。
前述のように、アメリカではコンピューターのハードの能力から実用化しなかったことを知っていたので、ハードのスピードとタービンの動特性が整合するよう考え、設計した。
その開発した根幹の技術は、「イベントオリエント方式」と呼び、デジタルコンピューターは、命令語をシリーズで処理するので、プラントでパラレルに動作する制御は、アクションを必要とする瞬間からプログラムが起動して短時間で終わり、更に急ぐことが発生したら「割り込み」で作動する、という考え方を開発した。
当時のコンピューターは、TOSBAC―4000シリーズと呼び、米国GE社と技術提携でつくったGEPAC4000シリーズの国産版であった。
開発チームは私が入社6年目のリーダー、システム開発の松田氏、プログラムの開発・コーディングは、大学卒業間もない木暮氏と新進気鋭の20歳代前半の技術者たちのチームが担当して進めた。
産業用のコンピューターは、ハードウエアの能力や容量も小さく、ソフトウエアを記述するプログラムの言語はアセンブラと呼ばれる、1,0で書かれた機械語に近い言語であり、これを作っていくエンジニアは殆ど皆無の状況から育成した。高校、大学を出たばかりや、中途採用の若い技術者を、2週間くらい研修してすぐに実戦配備した。
世界で初めてのコンピューターによるプラントの直接制御のソフトウエアは、世界に前例も設計法もなく、全て初めから開発してゆくのは、気の遠くなる人力を要し、工場に仮眠室を設けて、交代で不眠不休の24時間作業を続けた。
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