俺は思った。「好きな人と好きなものを一緒に食べる」。わずか数十年足らずの、短い一生の中で、それ以上の幸福があるのだろうか。
俺には、それ以上の幸福を想像できない。
マリファナの煙を吸っては吐き、何度かそれを繰り返し、さらに体温が上がるのを感じた。
俺は完全に“キマッて”いた。体中に温かい衝動を感じた。
凛太が生まれて、2年半。家族3人で食卓を囲んだのは、数える程度だ。
仕事を終えて20時過ぎに帰宅すると、電気を消された暗い部屋と、寝室で眠った凛太と、リビングで黙々とスマホをいじっている妻ミサトの姿。誰と何の連絡をしているのか、何をしてるのかもわからないが、どちらにせよ俺のことは、眼中にないようだった。
あるかどうかもわからない放射線を気にして、換気をしないから、家の空気がいつも澱(よど)んだままだ。数日前から、いや数ヵ月前からずっと同じ部屋の匂いだ。ミサトは平気なのだろうか。
俺は冷蔵庫にあるものを引っ張り出し、寝室で眠っている凛太が目を覚まさないように、音がしないように、細心の注意をはらい、寝室に光が入らないように、薄暗いリビングで適当なものを一人で食べた。冷たい食事だった。
一人暮らしのほうがよっぽどマシだ。しかし、愛しい息子と家族のためだ。この状況が、いつまでも続くわけではない。
いつまでも続くわけでは……。
ふと思った。童話のマッチ売りの少女は、マリファナをやっていたのではないか。
少女は、マッチでマリファナに火を灯し、一服し、幸福の幻想をマリファナで再生し、寒さをしのいでいたのではないか。
夢を見るのは、才能も、お金も、自由もなくてもできる。追い詰められた人間に残された希望は、幻想だけだ。そんなことをぼうっと想った。マッチ売りのオッサンだった。
心は、浜辺の波と同調し凪(な)いでいた。ゆったりした波だった。こんな心地でずっと過ごしていたいと俺は思った。
心の片隅で、祈る感覚を感じた。
何に祈るのだろう。無神論者なのに。
この一服が、俺の人生で最後のマリファナとなった。