その伝達方法は、期せずして禅の不立(ふりゅう)文字(もんじ)や以心伝心・阿吽(あうん)の呼吸といった伝達方法に似たようなものであった。そのために、借り物の知識としてではなく、不動の真理として身に付けることができた。
それらの知識や習慣は、ごく限られた範囲のものであったが、語(かた)り部(べ)自身においてたっぷりと時間をかけて、十分に消化検証されたものであった。したがって、村民(学生たち)に深く行き届いて、その人格形成に大きく関わったのである。
このことから、教育(育成)は、技法のみに依ることなく、全人格をもって、しかも体面で成されるのが、最も効果的ではないかと考える。また、教育に伴う感性や知識は、短期間で身に付けることは難しく、日常生活全体(人生)を通じて、時間をかけて、習得されるものだと悟らされたのである。
教師としての年方は、知識はあっても、力が弱く(権力や腕力がなく)、家族にとって慈しみ(親心をもよおす)の対象としての存在でもあった。その知識は、家族や一族間の融和団結(秩序と助け合い)を醸成し、ひいては村社会の秩序の維持をも支えるものであった。
物質的には底辺レベルでの平等社会であって、精神的にも親による躾以外は、人為的な圧迫感のほとんどない、のんびりとした村社会(空間:環(わ))であった。
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