最初に「物」を学び、遅れて「心」を学ぶことの有効性を説く逸話がありますので、紹介します。

5世紀のインドの聖人ヴァスバンドゥ(世親あるいは天親とも呼ばれています)は若い頃に物質的思想(唯物論)に深く傾向し、「阿毘達磨倶舎論(あびだるまくしゃろん)」(略称はクシャ)を著しましたが、その後円熟期に至って人の心を深く究め(唯心論)、現在の仏教の法相宗の教義である唯識(ゆいしき)教学を開いたといわれています。

一般に、クシャを8年間学べば、唯識学は3年で修められるといわれ、「唯識3年クシャ8年」という諺があるそうです。

クシャを先に8年間学んでおけば、クシャの意義や限界を理解できるので、唯識の意義が理解しやすく、3年で修めることができるという意味です。

私の場合は、クシャを約40年間学んだ後で、唯識を15~20年間学んでいることになりますが、クシャと唯識の年数比は8対3からそれほどずれていないようです。

私はまだまだ思索の途上に位置しておりますが、「物」と「心」を統括した「人生の真理」は「大きな自分」と「小さな自分」を十分に理解することによって会得できると考えています。

それによって、「人間とは何か」「自分とは何か」「なぜ生きているのか」「如何に生きるべきか」といった疑問は自然に解消されます。私が幼少期から悩まされてきた「死に対する恐怖」も解放できます。

それだけでなく、われわれが人生において遭遇するさまざまな疑問や問題は、「大きな自分」と「小さな自分」をキーワードとして考えることにより、その本質を把握することができます。

たとえば、「科学の発展がわれわれに何をもたらしたか?」を考えます。われわれは科学から実に大きな恩恵を受けています。

われわれの日常生活は科学のお陰ですっかり近代化され、驚くほど便利で快適になりました。その一方で、科学技術の進歩は、核戦争、環境破壊、人口爆発など人類に極めて深刻な問題を突き付けています。

科学技術の進歩は短期間に高度な物質文明を築きあげましたが、上記の諸問題もまた科学技術の進歩によって発生したものであり、まさに科学は「両刃の剣」なのです。いったいそれはなぜでしょうか?

その答えは「大きな自分」と「小さな自分」の中にあることを本書で示すことができます。ですから、当然、科学がもたらすかもしれない人類の危機を未然に防ぐための「鍵」も、「大きな自分」と「小さな自分」の中にあるのです。

 

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