【前回記事を読む】人類滅亡の危機を回避し、未来への閉塞感を打破するために、私達が向き合うべき真理とは?
はしがき
しかし、その頃の私は大我と小我の本当の意味を理解することができませんでした。それを理解するために、なお約50年の年月が必要でした。
私は、当時急速に発展しつつあった科学にも興味をもっていましたので、親鸞や岡潔の精神世界に強く惹かれるものを感じながら、科学者になる道を選びました。
私はその後、40年あまりの年月を理論物理学者として活動しました。物理学は物質世界の成り立ちを研究する最も根幹の学問です。
人間は身体と心の2つの要素からできていますが、身体は物質であり、心は精神です。その物質を研究する最も基盤となる学問が物理学ですから、物理学の研究に従事することは極めて重要な活動であり、充実した研究生活を送ることができました。
物理学に精通し、さらにその最前線に立って研究を発展させることは、私に大きな喜びを与えてくれたのです。
しかしその一方で、物理学によって「物」に対する洞察を深めれば深めるほど、その洞察の網の目をすり抜けていく「心」の存在を強く感じました。
「物心一如」という言葉がありますが、この「一如」を真理として体得するためには、物理学を基本とする物質的世界観と「心」に関する精神的世界観の両方に精通しなければならないと実感するようになりました。
そこで私は、研究の合間に精神世界の勉強を始めましたが、研究の合間など十分にあるはずもなく、たちまち物理学の世界に引き戻されるのが常でした。
2003年に東京大学を定年退職してからは、事情がかなり変わりました。退職当時、私の物理学の研究はまだ発展途上にありましたので、理化学研究所や高エネルギー加速器研究機構の客員研究員として、研究を継続しました。
しかし、退職前に比べれば自由になる時間が増えましたので、本格的に精神世界の勉強、哲学や宗教などの勉強を開始することができました。
後期高齢者となった2016年度末に、客員研究員を辞し、第一線の物理学の研究から退きました。このように、私はまず「物」について精通することから始め、遅れて「心」について精通する努力を続けています。
では、随分回り道をしたかといいますと、決してそうではありません。「心」について正しい理解をするためには、その前に「物」について精通することが極めて重要なのです。
現代は科学が大きく進歩したために、科学万能主義や物質至上主義が横行しています。現代人は科学的に認められた事柄を受け入れ、科学的に説明できない事柄から目を背ける傾向があります。
しかし、これは大きな間違いです。私は科学の根幹である物理学に精通したお陰で、科学の限界を理解することができました。科学の主たる対象は物質に限定されています。
「物」と「心」はどちらも大切であって、お互いの領分を良く弁えた上で、「物心一如」というように両立・融合しなければならないのです。