躊躇(ちゅうちょ)なく、見守っていた侍の刀が鞘から一閃。雀蜂は上下に分断され落下した。小童が気づいて振り向いたときには侍の刀は鞘に収まるところであった。

伊織が礼を言おうとした時、今度は、侍の額に大きな雀蜂が飛び掛かる間際である。小童が持っていた小刀を伸びも加えて横一閃するも、侍が蜂の乗った額をほんの少し後に反らしたため、蜂の羽を少し切っただけで、侍は額を蜂の毒針で刺されてしまった。

侍の蜂から逃げる反応か、見切りで剣から体をずらしたのか分からないが、後者なら剣の腕前もかなりなものがあると伊織は直感せざるを得ない。

「侍さん、言わんこっちゃないよ」と言ってみたが後の祭りであった。

蜂の巣を取りに来た目的があるので巣に向き直り、伊織ともう一人の小童とで蜂の巣を掘り出し始め、蜂の子を五段は有る大きな巣ごと回収した。

一仕事済んで、侍のほうに振り向いてみると額が腫れだし手で困ったように押さえているではないか。

放っておいたことに気が付いた伊織は、竹の水筒から水をかけ刺し口を洗えるだけ洗った後、籐籠から竹筒の水鉄砲に似た物を取り出し、それを侍の額に充てがった。

そして蜂の毒を吸い出し機で吸い出せるだけ吸い取った。侍はふらつきもあったので、放っては置けず、取りあえず家に寄ってもらうこととなった。

この侍が切り落とした雀蜂の切り口の鮮やかなことが気になり、伊織はひょいと拾って油紙に包んで懐に入れた。家に着く頃には額の腫れは目が隠れてしまうまで広がっていた。

「自斎様が飼っている金魚のランチュウの頭みたいだね」と、侍の病状のことは気にせず、一緒に居る小童の一人は少し呑気に笑いながら侍に肩を貸して歩いている。

伊織の住む家は、家と言うより武家屋敷レベルと言って良い位な大きさであり、入り口は長屋門となっており両側納戸部屋の間の大きな入り口門をくぐった。

門の上には「佐々」と記された黒ずんだ表札が付いていた。門を潜ると大きな中庭が有り正面玄関に続いている。玄関の左側に曲がり、西側の庭に抜けると伊織の部屋があるが、そこに侍を連れていった。

 

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