この話は、天皇の寿命も年号の誤認により大幅に延びてしまうことが起こり得ることを教えてくれます。
実は、何気なく書かれている紀年には皇位年のほかに、第二の年号があったのです。
以下に説明しますように、第二の年号は天皇の即位に関係しています。
立太子紀元説
『書紀』が成立してから千三百年以上が経ちますが、これまで誰一人として先帝の崩御/皇太子の即位を紀元とすることに疑問を持った者はおりませんでした。
ところが今から十三年ほど前に、内田祐治氏は著書『『日本書紀』編年再考』のなかで全く新しい紀元の定義を与えました。
彼は、紀元は先帝の崩御時ではなく、皇子が先帝から皇太子(日嗣(ひつぎ)の御子(みこ))を命ぜられた時、即ち立太子を受けた時(日嗣を終えた時)であるとしました。
この考えには、『書紀』が成立する時代よりもはるか昔には、皇太子と天皇に違いはなかったことを意味しています。
もっと直截的な言い方をすれば、皇位継承は立太子を介した親子間での生前譲位によるということです。
筆者はこの内田氏の説を立太子紀元説と呼んでいます。
立太子紀元説は書紀編纂者の恣意的紀年延長を前提にしていません。
そうではなく、書紀編纂者は原史料にある年代にいかなる変更を加えることもなく、忠実に書き写していました。
ただし、皇位年とは異なる第二の年号を誤認し、紀年を全て皇位年としてしまったのです。
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