天才の軌跡 チャールズ・ディケンズと悪の萌芽

『二都物語』においても、主題には変わりがない。この物語の背景になっているフランス革命はこの意味において、この小説の重要でありまた、象徴的な骨組の一つになっている。

というのは、フランス革命は究極的な父親像の打倒を意味しているからである。フランス王以下すべての権威に対する不信の念は第一章から明らかになっている。そして物語は、無実であるにもかかわらず権力によって牢獄に入れられるドクトル・マネット、このため父を知らずに育つ娘。

成人したこの娘によって狂気から癒やされる父。狂乱の革命の中でとらえられた娘の夫を助けようとするが失敗する父、という風に展開してゆくのである。

この婿の救出はドクトル・マネットの娘をひそかに愛する、夫と瓜二つの顔をした、シドニー・カートンが身がわりになってはじめて成功する。しかし、シドニー・カートンは犠牲になり刑死することになっている。

すなわち父親の無力さはここでも強調されていることがわかる。

映画にもなったので知っている人も多いと思われる『オリヴァ・ツウィスト』は孤児の物語である。彼は行き倒れになった女の子供であり、この女はオリヴァが生まれてまもなく死んでしまう。

彼は彼のために出される七ペンス半の毎週の手当てにひかれた女に育てられる。勿論、この手当の大半は彼女自身のために費やされ、彼女のもとを離れる時、彼は青白く、やせた九才としては小さな子供にしか育っていない。

彼は養育院へと移されるが、そこで出されるお粥はあまりにも薄く、ひもじさに耐えている少年の中には隣で眠っている子供を食べてしまうのではないかと自分自身を恐れているようなひどい施設であった。

オリヴァは、他の少年たちにそそのかされて粥をもう一杯もらえないかと頼むと、何と厚かましく、ずうずうしい奴だと部屋に閉じ込められ、このやっかいな子供のめんどうを見る人には五ポンドを与えるという貼り紙が養育院の外に出されることとなる。この結果、彼は使用人たちを殴り殺したといううわさが立ち、煙突の中で怠けている小僧をいぶり出すことを何とも思わない、煙突掃除業のガァムフィールド氏に、三ポンドと十シリングをつけて見習小僧に送られる。

三十シリング値下げしたのは、養育院を運営する教会の理事たちが仕事の危険なことを知っていたからである。彼らにとって、オリヴァの生命よりも出費の方が心配なのである。彼がガァムフィールド氏のところにゆかなくてもすむのは、弟子入りの届けを出しに出頭した時、治安判事がたまたま、オリヴァの不安そうな顔に気付き、全くの気まぐれから、彼にどうしたのかと尋ねたからである。

結局のところ、彼は棺おけ職人の所で働くことになるが、兄弟子と、おかみさんからいじめられ、親方にぶんなぐられ、ロンドンへと逃げ出すのである。ロンドンに行く途中に知り合う、アートフル・ドッジャーは彼を窃盗団の首領、フェイギンに紹介し、オリヴァはそこで住むことになる。

スリをしているとは知らずに、ドッジャーと仲間のベイツの仕事について行ったオリヴァは捕まるが、幸い、被害者の紳士に助けられ、一時紳士の家に養われることになる。しかし窃盗団仲間は彼をむりやりひきずりもどす。

押入強盗の手先として使われた彼は幸か不幸か射たれて傷つき、被害者の家の人々によって手当をうける。彼の無実は信ぜられるのだが、読者はここで安心することはできない。

というのはオリヴァの異母の兄が彼を陥れようとたくらんでいることが明らかになるからである。オリヴァの安全が確保され物語がハッピーエンドを迎えるのは、ナンシーという盗賊仲間の女がオリヴァを救うために犠牲となってはじめて可能になるのである。