天才の軌跡⑥ チャールズ・ディケンズと悪の萌芽

ディケンズはこの小説中、権威を持つ立場にある人々の多くを厳しく糾弾している。例を挙げると、アルコール中毒の医者は、教会に使いの者を用もないのに呼びに来させ、あたかも彼が非常に忙しいことを教会に来ている人々に印象づけようとし、悪徳弁護士は依頼人をだまし、議員は選挙区で醜い地盤争いをし、その妻は「瀕死の蝦の頌歌」という珍妙な詩をまじめに朗詠し、娘たちには自分が若く見えるようにと子供じみた服を着させる。

別の挿話では、王子をアテネの学校に送り、休暇中にも帰らせず、王子が隣国の王女との結婚を、アテネに恋人がいるという理由でことわると彼を塔に閉じ込めてしまう王が登場する。ようやく塔を抜け出した王子は、王が別の結婚話を考慮中であると聞くと、アテネに向けて旅立つ。

この旅の途中、王子が天に向かって「私の遍歴もここで終わりますように、失われた希望と愛の嘆きをやわらげる泪がおだやかにたえることのありませんように」と祈ると、願いは聞かれ、王子は地の裂け目に落ち、そこに埋められ、彼のとどまることのない熱い泪は温泉になったという。

この挿話の結末は、王に対してのみならず、究極的な権威であるべき神に対しても、ディケンズが不信感を明らかに示したかったのではないだろうか。というのは、ここでは神は、まるで小児のように言葉を文字どおりにしか理解していないかのように書かれているからである。

ディケンズの権威に対するこのような感覚は彼の他の作品の中にも明確に表されている。

『大いなる遺産』の主人公、ピップは両親を失っており、彼は楽しかるべき、クリスマス・イヴの日に両親の埋葬されている墓地で泣いているところからこの小説は始まる。彼は姉夫婦に育てられているのであるが、この姉の夫という人は気はいいが、全く姉の臀の下に敷かれていて、ピップが姉にぶたれるのをかばうことさえもできないほどなのである。すなわちこの小説は父を失った子供が主人公で、主人公の父親代わりになる人の権威のなさがその基本的な構造になっている。