しかも、今思えば無謀にも程があるが、大平小屋から甲斐駒ヶ岳を経由して鋸岳に向かうという計画である。さすがに大平小屋の親父さんは鋸岳の直前にある無人小屋までは良いが、そこで引き返すように助言してくれた。親父さんの助言がなければ遭難していたかもしれない。

大平小屋を午前6時に出発して甲斐駒ヶ岳頂上に向かった。登山初心者で、かつ食料など初心者にしては荷物が重すぎて、頻繁に休憩をとりながら頂上になんとか辿り着いた時は午後4時か5時ごろではなかったかと記憶している。

頂上に立った感動もそこそこにして、大平小屋に引き返せば良いものを、無謀にも鋸岳方面に向かった。疲労している身には、かなりきつかった。妹もよくついてきた。

しかし午後9時ごろになっても目指す無人小屋は見当たらなかった。遠くで雷音が響いたかと思う間もなく雨粒の感触が顔に届いた。夏山とはいえ、登山客が滅多に訪れないコースは暗闇のなかである。見下ろせば、遠くの街明かりが別世界のように、瞼に映った。

万事休す、妹と二人でポンチョを被りハイマツのなかで雨音を聞きながら一夜を過ごした。もし大雨であればどうなっていたか? 今から思っても不思議だが、不安感は皆無だったようだ。

そんな時でも陽はまた昇った。朝が訪れた。希望の朝である。目の前に、ほんの200mほど先に、あれほど探し求めていた無人小屋が静かに佇んでいた。それは不思議な光景であった。

一歩間違えば、今頃は体が冷たくなっていたはずである。二人は無人小屋に足を踏み入れた。それは石でできた避難小屋である。もちろん誰もいない。ネズミ一匹見当たらない。

妹もたいしたものだが、私も呑気なものである。幸い食料は1週間分あったので、その石小屋で4〜5日も我が世の春のごとく過ごした。夏山登山シーズンだというのに、誰も来ない。

大平小屋の親父さんは絶対に鋸岳には近づくなと助言してくれた。何しろ崩壊が激しく常に落石がある山である。度重なる崩壊のために、山容はまるで鋸の刃のようにギザギザである。

2人は興味津々で鋸岳への山道を少しだけ探索した。そこはまるでおとぎ話の国であった。夏の眩しい光のもとで、様々な高山植物が咲き乱れていた。人生で一番おおらかな楽園を味わった。

 

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