プロローグ
1689年3月、芭蕉はみちのくへ旅に出た。
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらへて老をむかふるものは、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり」とある。約2400km、5ヶ月に及ぶ『おくのほそ道』の始まりである1 2。
それから4世紀、芭蕉の境地には程遠いが、我も本日、2024年10月20日、「胡蝶夢号」で旅に出る。大阪から信州へ、そして東京から東北へ、3000km、1ヶ月の旅に出る。
今日はこれからの人生で一番若い日、日常のすべてを忘れて目的のないクルマ旅で日本中を放浪してみたい。人生の最後にやってみたい!
人生は夢、幻の如し!
胡蝶夢号と人生に向き合う旅
思えば、若い時から「放浪」という言葉に憧れの気持ちを抱き続けてきた。それは、憧れであり、現実の人生では成し得ないことであった。私の人生で一度だけ、放浪ともいえる短い旅をしたことがある。
時は1968年、その晩秋の日、片思いの失恋のショックから立ち直ることができず、無性にどこかに行きたくなり大阪駅まで出かけた。
目に飛び込んできたのは、停車している特急『きたぐに』だった。迷うことなく、一枚の切符を購入した。行き先は終点の青森駅である。
午後10時過ぎに大阪駅を発車し、夜の暗闇を走り続け、波の音とともに目が覚めると、どんよりとした日本海があった。
青森駅に降り立ったのはあくる日の午後6時、大阪駅を発車してから20時間の時が流れ去っていた。冷たい雨が迎えてくれた。
それから半世紀、後期高齢者の仲間入りを果たした。70歳で茶道、75歳でピアノ、76歳で書道を始めた。そして喜寿を迎えた。いろいろ稽古ごとに初挑戦している。それなりに楽しむことはできても、いまひとつワクワク感は湧かない。