スポーツ選手は20〜30歳代で、数学者は20歳代、物理学者もおそらく20〜40歳までにはピークを迎えると推測される。私の専門である医学・生命科学研究者は40〜50歳代でピークを迎えると思う。

しかし、絵画や音楽などの芸術、あるいは書道など「***道」と呼ばれる専門家はかなり晩年にピークを迎え、死ぬまで高みに向かうケースもあるように思う。

このように、考えると私の研究者としてのピークは30歳後半から50歳前半である。また還暦を迎えた時に肺がん手術を受けた。これを契機に研究者から方向転換し、大阪大学医学部長や総長として教育研究組織のマネジメントを介して人材育成に舵を切った。

そのあと国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)理事長も務めた。組織運営者としてのピークはおそらく大阪大学総長時代の60歳代であったと思う。

25歳までの成長期を第1コーナーとすれば、25歳から60歳までの35年間は研究者人生(第2コーナー)、60歳から75歳までの15年間は組織運営/人材育成者として(第3コーナー)過ごした。今、人生第4コーナーを通過中である。

いろいろ考えると私の研究者/組織運営者としてのピークはすでに過ぎ去った。

第3コーナーの延長線上に、非常勤職ではあるが、日本赤十字社大阪府支部長3、大阪国際がん治療財団理事長4、日本医療研究開発機構のムーンショット目標75のプログラムディレクターや京都大学経営協議会委員/総長選考・監察会議委員長などを務めており、それなりに社会貢献もしている。

そして様々な稽古ごとを始めた。しかし心底からふつふつと湧き上がる心の震えは乏しい。

人の一生は短いものである。振り返れば、夢、幻の如きである。そのなかで「胡蝶夢号」で自分を見つめ直す旅に出る。今一度、人生を、己を見つめ直す旅に出る。「人生道」という道があるかないかは知らないが、もし「人生道」に出くわせば、死ぬまでピークを追い求め、高みを目指すことも可能なような気がする。