この日もいつもの呼び鈴が鳴り、飛鳥は所望されたコーヒーを使用人から受け取り、北沢の部屋へ運んだ。
ノックをして、了解を得てからドアを開ける。
「失礼します」
そう言って、いつものように一礼してから入室する。
部屋に入ると、先に言いつけられていたことがあったようで、藍が北沢の座るソファの片隅に立ち膝の状態で控えていた。
「ご主人様、コーヒーをお持ちしました」
北沢から返ってくる言葉はないが、飛鳥は藍から教わった作法で、丁寧に接する。
養子なのだから、『お父様』と呼ぶのだろうか。父親ができるというのは初めてのことだから緊張する反面、うれしいと飛鳥は思っていた。
だが、実際は養子とは名ばかり。立場は使用人と変わらなかった。その立場に相応(ふさわ)しく、飛鳥も藍を見習って北沢を『ご主人様』と呼んだ。
たとえ使用人であっても、住む場所と役割を与えられているのだから感謝しなければならない。
そう自分に言い聞かせていたが、どんな相手かわからなくても、養父と初めて体験する親子の関係になれると思っていた飛鳥は、がっかりしていたのも本音だった。
とはいえ、そう文句を言える立場ではない。学園から引き取ってくれたという恩があるのだから。北沢が欲しているのが使用人ならば、せめてその期待には応えたい。
飛鳥は先輩にあたる藍から教えてもらった注意点を頭に叩(たた)き込み、北沢が機嫌良く毎日の暮らしを送れるように懸命に努めようと心に決めていた。
他に行くところも、頼れる人も今となってはないのだから。
飛鳥は、ローテーブルのそばで立て膝になり、空になっていたコーヒーカップを下げ、新しいコーヒーを北沢の前に差し出した。
「どうぞ」
そんな飛鳥のすぐ隣で、藍は灰皿の交換をしていた。