【前回の記事を読む】クラスメイトが自殺した。意外と人ってあっさり死ぬんだな。そんなことより、明日からの身のフリを考えないと……
第1章 中学・高校編
同級生の自殺と浪人生活
「やっぱ努力なんだよな!」
シュヴァイツァーや野口英世の伝記を読んだからではない(読んでいない)。親族が身近で亡くなったわけでもない(亡くなっていない)。〝国境なき医師団〟のNGO活動に憧れたという理由でもない(当時は、存在すら知らなかった)。お金、名誉、権威という動機でも、いっさいない。もちろん、夢でもやり甲斐でもなんでもなかった。
強いて挙げるなら、父親が獣医師だったので、動物よりも人間の医療になんとなく興味を抱いたという、たったそれだけの理由だった。他に特別な才能があるとは到底思えず、消去法にて医学部を選んだのかもしれない、が、もしかしたら同級生の自殺が何かしらの後押しをしたのかどうか……。
女子との交友関係においては、最終学年の最後に少しだけ花開いた感はあったが、ときすでに遅し。
結果を出せるほどの成果は生まれなかった。そんな高校生だから現役の時はあえなく玉砕、すべての受験に失敗し、浪人生活が決定した。親だけは多少慰めてくれたけれど、でも、落ちた叱責(しっせき)のほうが大きかった。だから孤独だった。友人なんてものは卒業とともにバラバラとなり、2~3人からたまに電話連絡を受ける程度で、何の励みにもならなかった。
〝宅浪(たくろう)〟は相当つらいだろうと思ったので、親に頼んで、東京での予備校費を捻出してもらった。埼玉の田舎から毎朝、東武東上線と山手線を乗り継ぎ、高田馬場まで電車通学をすることになった(これまた親不孝なことに、途中から通わなくなってしまったのだが)。
そこには僕と同じように、大学受験に失敗した高卒生がワンサカいた。若者ばかりではあったが、なかには年齢不詳の人もいて、たばこは吸うわ酒は飲むわ、怪しげな本や音楽を聴くわ、なんだか訳のわからない格好をしているものもいた。
翌年の目標を見据えて活気のある学生もいないわけではなかったが、どこかどんよりした雰囲気が漂い、カラ元気と挫折感との微妙なコントラストのなかで、授業がはじまった。