【前回記事を読む】ビートルズ直々のオファーを「それに参加して何を得られるのかい?」と断った男。後に彼はとんでもない大魚を逃したことに気が付き……

第1章 ビートルズがビートルズになる前 Before The Beatles became The Beatles

⑤「The Man Who Gave The Beatles Away(ビートルズを手放した男)」

ハンブルクのクラブからオファーがきた

彼らが初めて演奏した場所は、「インドラ・クラブ」でした。

そこで1960年8月17日から48日間、毎晩、長時間にわたる演奏を行いました。客は10人ほどでした。客の目当てはストリップを肴に酒を飲むことですから、最初から音楽を聴く気なんかありません。

労働条件は過酷で平日は4時間半、土日は6時間をノルマとして毎日長時間演奏しました。彼らは、初めはリヴァプールでやっていたように大人しく演奏していたのですが、それでは世界中から集まってきた荒くれ者で酔っぱらった船乗りたちには通用しません。オーナーのコシュミダーは、ステージの前まで出てきて大声で

「Mach Schau!! Mach Schau!!(ショーを盛り上げろ!)」と叫び、盛んに彼らの尻を叩きました。

それに応えようと彼らは激しくシャウトし、盛んにステージを飛び回るなど、とにかく盛り上げようと全力で演奏しました。彼らは、聴く気のない観客に自分たちの演奏を聴いてもらうという、パフォーマーとして最も大切な能力を知らず知らずのうちに身に付けていったのです。

栄光はつかみ損ねたが

しかし、ウィリアムズは、ビートルズをリヴァプールのローカルバンドとしかみておらず、ロンドンでメジャーデビューさせようという野心はありませんでした。彼は、メキメキと腕を上げたビートルズの実力に気付いていなかったのです。

ビートルズがメジャーデビューする前に、ウィリアムズは、マネージャーの地位をブライアンに譲ってしまいました。

ビートルズは、マネジメントの手数料が高すぎるとクレームを付け、支払いを拒否したのです。怒ったウィリアムズは、マネジメント契約を解除してしまいました。

そして、マネージャーになりたくて仕方がなかったブライアンに、その地位を譲ってしまったのです。

ビートルズが支払いを拒否したのは、9ポンド(現在の貨幣価値で4万5000円相当)でした。それでも、当時の彼らにとっては、大金だったんですよね。

その後、ビートルズは、ブライアンの巧みな戦略が功を奏して、メジャーデビューを果たし、世界的トップアーティストの地位に上りつめました。

それに引き換え、悲惨だったのはウィリアムズです。彼は、ビートルズという「金の卵」を手に入れながら、自ら手放してしまったのですから。

そこで、彼に付けられたレッテルは、「The Man Who Gave The Beatles Away(ビートルズを手放した男)」というありがたくないものでした。

ウィリアムズが、トップアイドルのビートルズのマネージャーとしての地位を取り逃がしてしまったのは事実です。

でも、彼がビートルズをプロ・ミュージシャンとして一人前になるまで育てた人物であったことには違いありません。

彼は、ビートルズという金の卵を温め、ヒヨコへ、そして金の卵を生み出すニワトリになる一歩手前まで育てたのです。