母になった日

結婚をし、母になった瞬間。病院の分娩室で、白い天井の蛍光灯を眩しく感じながら、汗まみれで息を吐き、最後の力をふり絞った瞬間、小さな産声が空気を震わせた。

「おめでとうございます」

助産師さんの声と一緒に胸にのせられた赤ん坊は、温かくて、柔らかくて、信じられないほど軽かった。指先を握るその力は、細いのにしっかりしていた。

生後二ヶ月にも満たない頃から、その子は私にしか抱かれなくなった。

誰が抱いても泣き、私が抱き上げるとピタリと泣き止む。

「ああ、この子にとって私は、世界のすべてなんだ」

そう思ったら、余計に愛おしくなった。同時に、「この世界から私がいなくなったら」という想像が、余計に怖くなった。

いま思えば、一人での子育ては、無茶に近かった。昼も夜もない授乳。泣き止まない我が子を抱いたまま、冷め切ったご飯をかきこむ。お風呂に入るタイミングも、トイレに行くタイミングも、すべて赤ん坊の機嫌に左右された。

「一人で子育てはできない」と、いまならはっきり言える。あの頃の私は、それを分からないまま、「母だから頑張らなきゃ」と自分を追い詰めていた。

息子の沈黙、不登校という選択

息子は、幼稚園でほとんど言葉を発さなかった。教室の隅で、おもちゃをじっと見ている。みんなが歌を歌うときも、口を動かしているのかいないのか分からないくらい、小さく唇が動くだけだった。

ある日、息子は泣きながら家に帰ってきた。

「靴、隠された……」

ぽつりとこぼれるその言葉に、私の背中に冷たいものが走った。玄関にしゃがみ込んで、息子の足を拭きながら、震える手で頭をなでた。私はすぐに幼稚園へ電話をした。

後になって知ったのは、靴を隠したのが担任の先生だったということ。それは実は幼稚園の先生の優しい心からの配慮だった。息子が勝手に外へ行くのを心配してのこと。いつも息子の手をしっかりとにぎって下さる先生とのすれ違いもあった。

それでも、私はどこかで思っていた。

――元気なら、それでいい。

 

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