【前回記事を読む】いじめのターゲットになってしまった私…「学校に行かない」という選択は、許されなかった。母は「お前が悪い」と鋭い目つきで……
第Ⅰ部 幼い日の痛みと揺れる青春
第2章 青春と、道ならぬ想い
道ならぬ恋
社会人になってから、私は人として超えてはいけない線を、ひっそりと踏み超えた。
相手には家庭があった。私ではない誰かと暮らし、子どもがいて、日曜日には家族で出かけるような人だった。頭では分かっていた。
「してはいけないことだ」と。
それでも、仕事帰りにふと交わす会話の中で、寂しさを埋めるように差し出された優しさに、私はするりと絡め取られていった。弱った心は、まるで水を吸いすぎたスポンジみたいに、目の前に差し出された温度を、全部吸い込んでしまう。
あってはならない関係。
言葉にしてしまえばそれだけのことだけれど、当事者の内側では、もっと泥のように粘り気のある感情が絡みついていた。やがて、その人の妻が命を絶とうとした――と知らされた。
その知らせは、鋭い刃物で胸の真ん中を一気に貫かれたようだった。
「私が壊したのだ」
と思った。
誰に責められるまでもなく、自分自身を責め続けた。そこから、私の心は音を立てて崩れていった。拒食症、鬱、過呼吸。体重は35キロまで減り、鏡に映る自分の肩や腕は、ひと回りもふた回りも小さくなった。
季節が変わっても、窓の外の景色が変わっていることに気づけない日が続いた。夏なのか冬なのか。桜が咲いているのか、散っているのか。自分の心の中に吹いている冷たい風の方が、外の気温よりずっと鮮明だった。
第3章 母になることと、息子の選んだ場所
壊れそうな心を抱えたまま、私は母になった。
胸の上にのせられた小さな命は、この世界で最初に「わたし」を選んだ存在だった。けれどやがて、その子は集団から離れ、自分の居場所を自分で選ぶようになる。
「行かなくていいよ」と言ったあの日の一言を、いまもときどき、心の中で何度もなぞり直している。