直弼は直中存命中は槻(けやき)御殿で何不自由ない暮らしをしていたが、隠退した直中のあと藩主を継いだ直亮は、父直中が亡くなると、直弼に捨扶持二百俵を与えて、尾末町の小さな屋敷に追いやったという。
小姓たちの家の家録は三~四百石のものが多かったが、藩主の息子が彼らと同じような境遇に追いやられたのである。
直弼は自分は部屋住みのままで一生を終えることになるだろうと覚悟して、屋敷を「埋木舎(うもれぎのや)」と名付けたという話だった。
藩主で兄の直亮はこれを自分へのあてつけと取って不快感を募らせたという。また、長野主膳という素姓のはっきりしない浪人者を国学の師匠として出入りさせ、さらに長野が紹介した村山たかという女を引き入れて情を通じているらしい。
それがまた、直亮に聞こえて不快感を増しているらしい、というような話も出た。村山たかはかつては直亮の女だったという噂があった。
かといって世継ぎとなるべきものは、兄弟の中ではもう直弼しか残っていない。直亮には他の選択肢がなかった。そのことが彼を一層不機嫌にさせた。
それが、直亮が世継ぎとして直弼を決めたものの、直弼に対して冷たい態度をとる理由だろうなどと、訳知り顔に言うものもいた。
「それにしても、両殿様への小姓兼帯ということはこれまでもあったのだろうか」
と勝野がぼそっと言ったが、誰もそれには答えることができなかった。
徳三郎は彼らの話を聞きながら黙っていた。彼は長野主膳も村山たかも知らなかった。「埋木舎」の傍を通ったことは何度もあり、そこに藩主の弟が住んでいることは知っていたし、遠くから見かけたことはあったが直弼と直接会ったことは一度もなかった。
彼はもともと噂話には疎(うと)かった。両殿の小姓を兼帯するように言われた時は、仕事量が増えるなと思ったが、だからと言ってとくに不満はなかった。
ご家老の言葉にも特別に疑問に思うこともなかった。小姓になってからは藩の政治について多少知るようになったが、これまでそういうことに不満もなければ、批判めいたことを思ったこともなかった。
【イチオシ記事】彼には彼女がいるのに…抱き寄せられた。キスは首筋から胸の膨らみへと移り、甘ったるい声が漏れて…
【注目記事】マッチングアプリで出会った男性と初めてのデート。食事が終わったタイミングで「じゃあ行こうか。部屋を取ってある」と言われ…
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp